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2019.1.8 06:48/ Jun

「強い自己」が過剰に求められる社会で、本当に必要なものとは何か?:「ヤンキー」と「深夜のバナナ」に僕は何を見たのか?

 僕は「強い自己」というものを、あまり信じていません
   
   ・
   ・
   ・
   
 といったら、社会の人々からは、すこし「引いた目」で見られるのかもしれません。
 むしろ、社会には、「自ら調整し、自ら鍛え上げ、自ら計画し、やり抜いていく強い自己」が「善いもの」とされ、「強い自己たれ!」というメッセージが溢れています。とりわけ「自己啓発のコーナー」など、その典型的なものです。
   
 自己啓発書の代表的なメッセージを端的にひと言で要約するのであれば、
  
 「強い自己たれ」
 「今、やりぬけ、以上。」
 
 でしょう(笑)。
  
 かといって、僕が「自己」を放棄しているわけではありません。
 というよりも、自己を確立するためには、
  
 1.「自己」を「自己たらしめる」ための社会的サポート
 2.「自己」を「自律」させるための「他律」
   
 がとりわけ大切であり、また
  
 3.ひとは「周囲のひとびと」によって、いかようにでも「染まるものだ」
  
 と考えているのです。
 僕の書くすべての論文や作品は、この背後仮説のもとで書かれている、といって過言ではありません。
 これは僕の「哲学」であり、「信念」です。僕の研究で「他者」が登場しない研究はひとつもないのです。
     
 ひとは、自分が考えているほど「強く」はない。
 むしろ「脆弱」で「うつろいやすい」。
 「強い自己」をあまり想定しすぎると、ひとの「実態」からズレてしまうことがある。
  
 そして、人々は「孤独」になってはいけない。
 自己を自己たらしめるための「よい縁」を自分の周囲に準備しておくことが重要である
  
 ということになります。
  
  ▼
  
 最近、2つの本を読みました。
  
 ひとつは「<ヤンチャな子ら>のエスノグラフィー ヤンキーの生活世界を描き出す」(知念渉著)、もうひとつは「こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち」(渡辺一史著)です。どちらも大変面白く、著者に尊敬の念を感じざるを得ません。
  
 
   
 前者「「<ヤンチャな子ら>のエスノグラフィ」は、大学院生だった頃の著者が、ある高校で3年間<ヤンチャな子ら>と過ごし、その後も、彼らを追跡して、彼らの高校における生活、教育領域から仕事領域へのトランジションを描き出した労作です。
 要するに「ヤンキーが高校で、いかに教師らと対峙し、振る舞い、そして社会にどのように出て行くのか」を描き出しています。
  
 後者は「こんな夜更けにバナナかよ」、重度の筋ジストロフィーを患いながらも、自立生活を志した患者の鹿野靖明さんと、彼を支える数十名のボランティアの方々の生活をリアルに描き出した作品です。最近、映画にもなっているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
  
  ▼
  
 ヤンキーとボランティア
  
 この二つを僕は「一緒くた」にしたいわけでは1ミリもありません。外見上も、その内部のストーリーも全く異なる2つの作品です。しかし、この2冊には、ある1点において、非常に「共通するモティーフ(主題)」があるように、僕には思えました。 
  
 それは、僕の言葉で表現するならば、
  
「自律した自己であろうとする」ためには「他者のサポート」が必要だ
  
 というワンセンテンスにつきます。
  
 前者「<ヤンチャな子ら>のエスノグラフィー」で、特に興味深いのは、「ヤンチャな子ら」の卒業後です。彼らの「その後の生活の安定さ」が、実は、彼らの抱えている「社会的つながり」に大きく依存しているものであることを、本書は描き出しています。
 <ヤンチャな子ら>と言って、彼らの「その後」を「ひとくくり」にできるものではなく、その内部には、「社会的つながり」による「分断」があるのです。
 親の代から地元に根ざし、人脈がある「ヤンチャな子」は、紆余曲折はへつつも、安定的な職をえて、家庭をもつことができます。しかし、社会的人脈が何らかの理由で欠けている「ヤンチャな子ら」のその後は、追跡ができない境遇に陥っていきます。
  
 要するに、
  
 自己は他者
  
 なのです。
  
  ▼
  
 後者「こんな夜更けにバナナかよ」は、筋ジストロフィーを患う鹿野靖明さんは、周囲のサポートがなければ、ほとんど自分では何もできないように見えます。しかし、彼は、一方で、いわゆるボランティアとのあいだに「助けられる可哀想な存在ー助ける強い存在」という図式を拒否します。むしろ、彼は、エゴイステックに見えるほど、ボランティアの人々と「対等な関係」であろうと振る舞います。書名の「こんな夜更けにバナナかよ」は、深夜に鹿野さんにバナナを買いにいかされたボランティアの嘆きのひと言です。
 もちろん、ボランティアの人々も、献身的な尽力をなさいますが、彼らとて鹿野さんの言うがままに振る舞っているいるわけではありmせん。ときに鹿野さんとのあいだに、エゴのコンフリクトが起きる場合があります。
  
 僕は先ほど、
  
「自律した自己であろうとする」ためには「他者のたすけ」が必要だ
  
 と書きました。しかし、他者の助けをえるためには、「自己」や「他者」はどう振る舞えばいいのでしょうか。どのように対峙し、向き合えば、そこに「よい縁」をつくることができるのでしょうか。「こんな夜更けにバナナかよ」は、そのことを考えるきっかけを与えてくれそうです。
  
 
   
 ▼
  
 今日は「強い自己論」を考えてみました。朝っぱらから、ちょっとヘビーな話題だったかもしれませんが、皆さんは、どのようなお考えをお持ちでしょうか?
  
 あなたは「強い自己」ですか?
 あなたが「自己」を確立するためには、どのような社会的サポートがありましたか?
 あなたにとって「重要な他者」とは誰ですか?
  
 そして人生はつづく
  
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