2018.5.14 05:54/ Jun
「せつねぇぞ、これは。てめぇが、口にしないものを人に勧めるって罪悪感は、どうしても残るぞ。消えないんだ」
自分のつくったお米を、自分の幼い息子に、どうしても食べさせることができなかった被災地の米農家は、そうつぶやいたという。
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「辛いでしょって言われても、わからないんですよ。乗り越えようとしているね、とかって言われても、わからないんですよ / 乗り越えてなんていないですよね。みんな、わかりやすいかたちで、理解しようとするから。なんか、せっかちなんですよね」
小学校の教諭をしていた父を、津波で失った息子は、そうつぶやいた。
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石戸諭(著)「リスクと生きる、死者と生きる」を読んだ。
著者は元・毎日新聞の新聞記者(現在はBuzzfeed Japanの記者)。東日本大震災の現場に、記者として向かい、彼が目にしたものは、言語によって形容されることを拒否するような「喪失の現場」であった。
圧倒的な「破壊と喪失」を目の当たりにして、著者は「言葉」について深く考えるようになる。
この光景を、人は、いかに語りうるのか?
本書は、彼が「言葉」について熟慮を重ね、東日本大震災を伝えようとした知的格闘の軌跡である。
曰く、
「何を書いても言葉が上滑りしていくような気がしたのは、このときが初めてだった。
どんな現実でも取材をして、調べれば記事を書ける、というのは思い込みでしかなかった」
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一般に、人は、被災地を語るとき、さまざまな「紋切り型のストーリー」に、現実を「あてはめよう」とする。
被災地は、「絶望」と「悲しみの中」にあり、しかし、それを乗り越えようとしている
いつまでも、くよくよしていても、仕方がない。前を向こうと被災地の人々は決めた
こうした言語表現は、その「典型」だ。マスメディアには、よく引用される「紋切り型のストーリー」がここには見て取れる。とりわけ、「圧倒的な絶望から、いかにレジリエンスを発揮して、それを乗り越えるか」というストーリーは、それを読む人々に深い感動を与え、魅了する」。「魅了」とまでは言い過ぎにしても、それを目にする人間に「すっきりする機会=感情浄化する機会」を与えること。さらには、その先に被災地について考えることの停止を促してしまうことは明白だ。「思考停止」である。
しかし、「被災の現実」は、言語表現をすり抜ける。それは「感情浄化の対象」ではない。また、「思考停止」することすら許されぬ「喪失の現場」である。
冒頭紹介した父を失った息子のひとりの言葉が胸に突き刺さる。
「乗り越えてなんていないですよね。みんな、わかりやすいかたちで、理解しようとするから。なんか、せっかちなんですよね」
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本書は、東日本大震災を取材した著者が、「わかりやすいフレームから離れて」、敢えて、被災した人々の「きれいにまとめない言葉」「揺れる言葉」につきあい、それらをつむぎなおしたルポとして読むことができる。
「わかりやすさとは党派性の肯定のことだ」と喝破する著者は、わかりやすく語らない。敢えて「きれいにまとめない言葉」「揺れる言葉」を選び取り、本書に散りばめた。
その際、著者がこだわったのが、「主語を大きくしないこと」・・・すなわち、被災した人々の個の物語にしっかりと寄り添う、ということである。個の物語のなかには、剥き出しのリアルが語られる。
被災した人々の「個の物語」にふくまれる、いつまでも「揺れ続ける言葉」は、わたしたちに、「感情浄化」の瞬間を与えず、思考停止することを許さない。
むしろ、心や胸のなかに、「小さなトゲ」のように突き刺さり、数日間、ジクジクとした感覚を、読む者に与え続ける。
本書は、そういう本である。
わかりやすいか、わかりにくいか、と問われれば「わかりにくい」
わかりにくいが、「感じさせる」。
だから「考えさせられる」。
そういう本である。
被災した人々の個の物語に含まれる「揺れ続ける言葉」を目にしたい、感じてみたい方にはおすすめしたいと思う。
また、日々「わかりやすさ」と心がけている「伝える仕事をしている」人は、また「別の読み方」ができるのかもしれない。これは自戒をこめて申し上げる。
わたしたちが、ふと立ち止まり、考えることを余儀なくされる問いとは、
わかりやすさとは何なのか?
そして、
物事を「わかりやすく」するときに、わたしたちは、何を語り、何を語らないか
ということである。
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ちなみに、本書との出会いは、研究室の大学院生、辻和洋君のFacebookのタイムラインを見たときだった。著者と友人という辻君のタイムラインで紹介される著者の様子を拝見し、なぜか、ただちに、読んだ方がいいような気がして、その場で本書を注文した。本書と、よき出会いをもらったように思う。辻君には、この場を借りて御礼を申し上げる。
著者の石戸さんによろしく。
次回作、楽しみにしています、と。
そして人生はつづく
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