NAKAHARA-LAB.net

2017.3.6 06:17/ Jun

ありのままを「聴く」、頑張らないで「聴く」とは何か?:杉原保史「技芸としてのカウンセリング入門」書評

杉原保史「技芸としてのカウンセリング入門」を読みました。
  

  
著者は心理臨床の現場で活躍するカウンセラーです。本書は、カウンセリングを「Performing Art:パフォーミング・アート」として見なすという、ただ1つの視点から書かれた書籍です。他に類書を見ない独自の視点に、まずは興味を引かれます。
  
カウンセリングを解説する本ということになりますと、まずは「傾聴」が語られ、次に「単純反射(いわゆるオウム返し)」が語られるという傾向がありますが、本書は、それをさらにさらに深掘りし、様々な側面から、
  
・カウンセリングの場面では「聴く」とはどういうことか?
・カウンセリング場面では、いかに相手の声に「応答」すればよいのか?
  
を語っておられます。
  

   
例えば、聴くに関して言えば、
  
 1.ありのままをただ聴く
・聴いても仮説はつくらない
  
 2.がんばらないで聴く
・頑張って共感しない
・頑張ってうなづかない
  
 3.体験を聴く
・クライアントが体験を内的に探究するように聴く
  
 4.無知の姿勢で聴く
・決めつけない
  
 5.声を聴く / 態度や様子 / 姿勢を聴く
・声の状況と内容を照らし合わせて聴く
  
 6.問題を味わうようにきく
・問題を何とか解消しようとしない
・問題を評価しようともしない
  
 7.優しく穏やかにきく
・ストレッチのように心の防衛をゆるめる
・優しいまなざしを向ける 穏やかに気づく
  
 8.即座に慰めずに聴く
・辛い経験であるけれど、成長につながる体験を聴く
・辛い体験を「体験しつくす」ように聴く
  
といった具合に(上記は僕のメモです:詳細はご覧下さい)、聴くが様々な角度から深掘りされていて、非常に興味深いものでした。
  

  
あと、もっとも個人的に興味深かったのは、「細かい手法やら考え方の違いによって、党派がつくられているカウンセリング業界の現状」を嘆いておられる、下記の記述です。
   

現在のカウンセリング界には、非常に多種多様な立場があり、それぞれが違った主義主張を闘わせているからです。
  
(しかし)カウンセリングとはこういうものだという、あらかじめ固定された考えに縛られること自体が、まったくもって「非カウンセリング的」です。
  
カウンセリングとは何か、という問いは、ある意味で些末な問いです。極論すれば、クライアントがより生き生きと豊かに生きられるよう援助できるのなら、何をしたっていいのです。繰り返し述べます。「何をしたっていいのです」
 
むしろカウンセリングとはこうするものだというあらかじめ人から与えられた枠組みで自分を固く縛ることには、あなたのなかの援助のリソースを休眠させてしまう危険性があるのです
(同書p17-18より引用)


  
これは著者が「細分化され、おそらくは、タコツボ化したカウンセリング業界」を嘆いた一節でしょうが、「カウンセリング」の部分を、「みなさんのご自身の領域」に置き換えてみれば、「同じこと」がおこっている業界は多いのではないでしょうか。
  
たとえば、「カウンセリング」を「人材開発」に置き換えれば・・・
  

現在の人材開発は、非常に多種多様な立場があり、それぞれが違った主義主張を闘わせている からです。
   
(しかし)人材開発とはこういうものだという、あらかじめ固定された考えに縛られること自体が、まったくもって「非人材開発的」です。
  
人材開発とは何か、という問いは、ある意味で些末な問いです。極論すれば、クライアントがより生き生きと豊かに生きられるよう援助できるのなら、何をしたっていいのです。
繰り返し述べます。「何をしたっていいのです」
  
むしろ人材開発とはこうするものだというあらかじめ人から与えられた枠組みで自分を固く縛ることには、あなたのなかの援助のリソースを休眠させてしまう危険性があるのです


  
どうですか? こういうことが起こっていますか?
いや、思考実験ですよ(笑)
  
今度は「カウンセリング」を「キャリア開発」に置き換えてみれば・・・
   

現在のキャリア開発は、非常に多種多様な立場があり、それぞれが違った主義主張を闘わせている からです。
  
(しかし)キャリア開発とはこういうものだという、あらかじめ固定された考えに縛られること自体が、まったくもって「非キャリア開発的」です。
  
キャリア開発とは何か、という問いは、ある意味で些末な問いです。極論すれば、クライアントがより生き生きと豊かに生きられるよう援助できるのなら、何をしたっていいのです。
繰り返し述べます。「何をしたっていいのです」
    
むしろキャリア開発とはこうするものだというあらかじめ人から与えられた枠組みで自分を固く縛ることには、あなたのなかの援助のリソースを休眠させてしまう危険性があるのです


   
今度は「カウンセリング」を悪のりして「組織開発」に置き換えてみれば・・・
    

現在の人材開発は、非常に多種多様な立場があり、それぞれが違った主義主張を闘わせている からです。
  
(しかし)組織開発とはこういうものだという、あらかじめ固定された考えに縛られること自体が、まったくもって「非組織開発」です。
   
組織開発とは何か、という問いは、ある意味で些末な問いです。極論すれば、クライアントがより生き生きと豊かに生きられるよう援助できるのなら、何をしたっていいのです。
繰り返し述べます。「何をしたっていいのです」
  
むしろ人材開発とはこうするものだというあらかじめ人から与えられた枠組みで自分を固く縛ることには、あなたのなかの援助のリソースを休眠させてしまう危険性があるのです


   
どうでしょう?
こういうことは起こっていますか?(笑)
いやいや、思考実験ですよ。
  
 ▼
  
今日はおすすめの一冊をご紹介させていただきました。
今週も一週間頑張っていきましょう
  
そして人生はつづく
  

ーーー

新刊「フィードバック入門:耳の痛いことを伝えて部下と職場を立て直す技術」絶賛発売中、重版出来です!AMAZON総合13位、マネジメント・人材管理カテゴリー1位を記録!
年上の部下、若手のトンガリボーイ、トンガリガール。職場には、多様な人々が集っています。難易度の高い部下育成に悩む管理職向けの新書です。どうぞご笑覧くださいませ。

新任管理職向けテキスト「駆け出しマネジャーの成長論 – 7つの挑戦課題を科学する」も好評発売中です。「フィードバック入門」と同時に読み頂けると、新任期の挑戦課題がよりリアルにご理解いただけます。

決断に悩む現場マネジャー向けの意志決定のトレーニング本。「会社の中はジレンマだらけー現場マネジャー決断のトレーニング」もあわせてお読み下さい。職場で頻発する様々なジレンマをひもとき、いかに意志決定を行えば良いかのトレーニングをすることができます。

ブログ一覧に戻る

最新の記事

2024.11.15 15:01/ Jun

【無料カンファレンス・オンライン・参加者募集】AIが「答え」を教えてくれて、デジタルが「当たり前」の時代に、学生に何を教えればいいんだろう?:「AIと教育」の最前線+次期学習教育課程の論点

2024.11.9 09:03/ Jun

なぜ監督は選手に「暴力」をふるうのか?やめられない、止まらない10の理由!?:なぜスポーツの現場から「暴力」がなくならないのか!?

2024.10.31 08:30/ Jun

早いうちに社会にDiveせよ!:学生を「学問の入口」に立たせるためにはどうするか?

2024.10.23 18:07/ Jun

【御礼】拙著「人材開発・組織開発コンサルティング」が日本の人事部「HRアワード2024」書籍部門 優秀賞を受賞しました!(感謝!)

本当の自分の姿は「静止画」ではなく「動画」じゃなきゃわからない!?

2024.10.14 19:54/ Jun

本当の自分の姿は「静止画」ではなく「動画」じゃなきゃわからない!?