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2016.9.23 07:12/ Jun

研修、このあまりに「演劇的」なもの!?:研修講師のサバイバルストラテジーとは?

 先だって、慶應MCCの授業「ラーニングイノベーション論」に、高尾隆さん(東京学芸大学)におこしいただき、即興劇(インプロヴィゼーション)に関する1日のワークショップをいただきました。
  
 この時期、毎年恒例になりつつありますが、お忙しいところ、高尾さんには、貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。受講生はもちろん、僕自身も大変学びが多い機会になりました。この場を借りて心より感謝いたします。
   
  ▼
  
 今回のワークショップでも、高尾さんからはたくさんの示唆をいただきましたが、個人的にとくに印象深かったのは、
  
 演劇には「人の変化」がなくてはならない
   
 ということです。
   
 怒っている人に、突然幸福がおとずれ、幸せになる。
   
 逆に
   
 幸せ絶頂だった人に、突然、不幸がおとずれる
   
 演劇には、こうした「人の変化」が必ず伴います。
   
 もちろん、演劇といってもさまざまなものがありますが(不条理劇とかもある)、今日は演劇に関して、
  
 演劇は、こうした「人の変化」を魅せていくアート
  
 だという仮説を受け入れ、下記の話をすすめましょう。
   
  ▼
  
 人は、こうした「人の変化」をみせられ、そこに感情を重ね合わせ、ときに共感し、ときに感動したりいたします。
  
 とくに「これでもか、これでもかというネガティブな出来事」が襲ったあとに主人公が「幸せ」になったりすると、感情がすっと「浄化」されたりして、スッとする、ということを経験します。
  
 せんだって、ある演出家の方がこんなことをおっしゃっていました。この方曰く、
  
 面白いストーリーをつくるためには、作家は「どS」にならなくてはならない
  
 そうです。
  
 曰く
  
 主人公を徹底的にアゲたあとで、奈落のそこにたたき落として、徹底的に、これでもか、これでもか、と不幸をたたきつけ、いじめぬく。作家は「どS」にならなくてはなりません。
  
 しかし、そのままじゃ、ストーリーは終われない。そこから、ぽっと主人公をひきあげて、幸せにする。そのとき、それを見ている人は、「あー、よかった」と感じるものなのです。
  
  ▼
  
 演劇は「人の変化」がある。
 僕は、こんな話を伺っていて、「ほほー」と思いました。
   
 僕の専門である人材開発には、その開発手段のひとつとして「研修」というものがございます。演劇の話を伺いながら、僕は片方の脳で、研修の事を考えていたのです。
  
 といいますのは、
  
 研修というのは、「演劇的」な要素が強い学習の機会
  
 ともいえるのではないか、ということです。 
  
 まず、大前提として
  
 研修は「人の変化」を扱います。
  
 行動の変化、認知の変化・・・
 研修では、そうした「人の変化」が、組織の目標達成や、組織・事業の継続に整合的であることが求められます。
  
「人が変化しなくてもよい」という研修は、ほぼ存在しません。
その「変化」を「気づき」とよぼうが、「学び」とよぼうが、何でもかまいません。ただし、研修には、何らかの「人の変化」がそこに内包されている事が期待されます。
   
  ▼
   
 そのうえで、「演劇としての研修」はたいてい、下記のように「Uの字」を描くように、設計がなされます。

研修のUの字理論

 まずは冒頭部。
 この冒頭部では、講師と学生の「心理的な握り」が行われます。
 たいていは、
  
 「この場は安全である」(心理的安全)
 「この講師についていっても、大丈夫である」(ラポール:信頼の形成)
  
 という握りがかわされ、たいていはポジティブな雰囲気から話がはじまります。研修冒頭部、学習者の気分は、たいてい「ポジティブなもの」です。
    
  ▼
  
 しかし、つづく中盤部。
  
「人の変化」をあつかう研修では、たいていの場合、この段になってメインコンテンツが登場します。
 研修のメインコンテンツとなるものは、たいていの場合、「スパイシー」なものであったり、これまでの自分に変化を迫る「ほろにがビター」なものであることが多いものです。
  
 大人の学びには、痛みが伴う
  
 僕はときに、こんな風に申し上げるときがありますが、それは、こういうときのことを申し上げているのです。
 耳の痛い話をきく。自分に矢印の向いた事実を突きつけられる。なかなか成し遂げられない課題が与えられる。そうしたときに、大人は学び、痛みを感じます。
  
 たいてい、学習者の気分は、たいていこの段になりますと、上手のごとく、下がっていきます。
 場合によってはネガティブな雰囲気がたちこめる場合もある。しかし、それはやむをえない場合もあります。
    
  ▼
  
 しかし、一方で「後半部」
  
 ネガティブな雰囲気が立ちこめ、このまま終わってしまうと、参加者が「現場にでて、何かをやろうという気」が失せてしまいます。モヤモヤした感情が残り、すっきりしない。
  
 ですので、研修講師はたいていの場合、研修の後半部には「ポジティブなコンテンツ」をもってきて、「参加者の自己効力感」を高めていきます。
  
 要するに最終部は、ポジティブな話題やコンテンツをおおくして、
  
 参加者の「やればできる、やろうとする気持ち」
  
 を高めていくのです。研修転移研究では、研修終了時の「自己効力感」を高めることが受容である研究がたくさん産出されています。要するに、最後は「ポジティブなエンディング」を迎えるべきである、ということですね・・・。
 
 で、これで終了。
 ほら、研修の進行を横軸において、参加者の気持ちを描き出してみると、「Uの字」になったでしょ(笑)。
  
  ▼
  
 このように、研修とはどこか「演劇的」です。
 高尾君の話を伺いながら、僕は、こんなことを考えていました。
  
 正直に吐露いたしますと、
  
「あーこれは、ややこしい問題だな」とも感じていました。
  
 といいますのは、研修の場合、ここには、結構難しいディレンマがございます。
  
 ネガティブなところからポジティブなとこに反転するところで、最後をあまりにも「アゲアゲ」な状態にしてしまうと、確かに「やればできる感」は高まるのですが、先ほど刺したばかりの「ネガティブな部分」が「忘れ去られ」てしまう可能性が高まるのです。
  
 つまり、
  
 まー、いろいろあったけど、えっ、なんか、途中であったっけ?
 まー、いろいろ耳の痛い話もあったよね。
 まー、いいじゃない。最後盛り上がったし、最後よければ、すべてよし(笑い)
 さ、帰ろ、帰ろ!
  
 となってしまうのですね。
  
 最後が盛り上がり、感情的には「浄化」され、スッとする。
 しかし、途中でさまざまに話したことで、自分を変えなければならない事は、見事に「スルー」される。

 こうした事態は演劇論でも言われるところだと思います。アウグスト・ボワールや、ブレヒトなどが、「すっきりしない演劇」や「もやもや感が残る演劇=異化作用満載の演劇」を敢えて創り出そうとしたのも、それが「感情浄化」につながり、何も変革を生み出さないからでしょう。
  
 さらにさらに事態がややこしいのは、これが研修講師のサバイバルストラテジーに微妙に関連してしまうからです。
   
 なぜなら、多くの研修では、研修の最後に「研修の満足度」に関する質問紙調査というものがなされます。
 これが、研修講師のリピートの判断材料のひとつですので、これは研修講師としては「無視」できない。たいていは意識しようと、しまいと、「研修の満足度」をあげるべく、立ち振る舞うことになります。だって、生きていかなければならないのだから、あたりまえです。
  
 そして、ここにディレンマがあります。
  
「研修の満足度」をあげたいのなら、最後を盛り上げれば盛り上げるほど、評価は高くなる傾向がある。
 要するに、質問紙調査を配付し、記入してもらう「直近」「直前」が盛り上がった方が、研修を高く評価してしまうのです。
  
 とするならば、研修講師は「感情を浄化する方向」に研修を組みたてたくなるものですよね。
 かくして、途中にさし込んだ「ネガティブな耳の痛い話」は忘れ去られる可能性が高まるのです。

(ちなみに、研修にもよりますが、僕は、あまり研修の満足度を参加者に問うことに、あまり意味を感じない人間のひとりです。問うてもよいですが、その解釈は、割り引いて考える必要があります。なぜなら、やる側すれば、満足度は、ある程度はコントロールができるから。また、満足度を気にするあまり、本来言わなければならないことを言わないことも考えられます。そういうリスクを承知のうえで、満足度を問うていただきたいなと思います。)
  
  ▼
  
 今日は、あまりまとまりなく、先日の授業をうしろで伺いながら、僕が考えていた事を書き連ねました。企業研修を「演劇」として見ていく、という視座は、研究としては、非常に興味深いな、と感じています。
  
 ともかく、高尾隆さんには、この場を借りて心より感謝いたします。本当にありがとうございました。
  
 そして人生はつづく
 

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