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2016.9.12 06:50/ Jun

「他社の事例」をいくら聞いても、さっぱり活かせない「事例くれくれ君」にご用心!?

 人事・人材開発の世界には「いつも不満足な事例くれくれ君」が、いらっしゃいます。
  
 この愛すべきキャラクター「事例くれくれ君」とは、
  
 いつも「他社」の実践事例を収集し、欲しがっているけれども、いっこうに、自社を変えようとはしないで、不満ばかりを述べている人
  
 のことをいいます。
  
 事例くれくれ君は、口をひらけば、
  
 「何か、他社の事例はありませんか?」
  
 です。
  
 日々、「人材開発における他社の事例」をさがして、情報収集に余念がありません。
  
 情報収集を行っているだけなら、「勉強好き」なだけですので、まったく問題はないかと思うのですが、はたから見ていて、時折、おせっかいにも、お声がけをしたくなるのは、そうした情報収集をしていても、あまり、その結果、よいものをもたらさないと思うからです。
  
 まず、「事例くれくれ君」は、いつ見ても「不満足」です(笑)。
  
 なぜか?
  
 それは、収集している事例の焦点が絞られていないので、どんなに事例をきいても、自分の探しているものが見つからないからです。
  
 事例くれくれ君は、どのようなものを差し上げても、不満足です。
  
 これはとびきりというような「他社のベストな事例」をお教えしても、こういう言葉がかえってきます。
  
「そんなすごいことは、A社だからできたんですよ。A社だからできた事例を聞いてもねぇ・・・」
  
 じゃあ、と思って、今度は「身の丈」にあったような、「地味」な取り組み事例を紹介しますと、事例くれくれ君はこうおっしゃいます。
  
「なんか、もっとすごい事例ないんですか?」
「なんか、ありきたりなんですよね」
  
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  ・
 
 ベストな事例を教えても、ベターな事例を差し上げても、ダメ。いつも不満足。
  
 ところで、
  
「あのー、あなたは、いったい、何を探していらっしゃるのでしょうか? 何が目的で、何を探していらっしゃいます?」
  
  ▼
   
 僕は、
  
 事例には「収集」の仕方がある
 事例には「学び方」がある
  
 と思っています。
  
 事例を収集する上で、第一になさなければならないことは
  
 「事例を収集する意味を明確にすること」
  
 です。
   
 事例収集は、「美術の鑑賞」とは異なります。それ自体が愉しくても仕方がない。
   
 むしろ、それを、どのように自社の文脈などに「適用する」のか「利用する」のかを、常に頭の中におかなくてはなりません。
  
 次に、第二になすべきことは、
  
 事例を聞いたあとで「思考停止」をしないこと
  
 です。
  
 「へーすごいね、はひー」
 「あれは、A社だからできたんだ」
  
 はもっとも「典型的な思考停止ワード」です。
  
 そもそも、ある事例は、いつだって「その組織の特殊なコンテキスト」に埋め込まれて成立しています。
  
 別の言葉で申しますと、そもそも、事例はいつだって
  
 「A社だから成立するもの」
  
 なのです。

 「この事例は、A社だからできる」というもっともらしい言葉を僕は、人材開発業界でよく聞きますが、心のなかで、
  
 「そんなのあたりまえじゃん」
  
 と思っています。
  
 しかし、一方で、もしわたしたちが「事例から学ぶこと」を試みるのであれば、換言するならば、事例を他の文脈や他社、自社に適用するとするなら、次の知的な作業が必要になります。
  
 それは、ある特殊な事例の背後にある「もっとも本質的なもの=他の文脈でも通用しそうなもの」を抽出する必要があります。
  
 要するに、事例の背後に、文脈をこえて適用できそうな原理や、踏まえなければならないポイントがあるかを、抽象的に考えなくてはなりません。
  
 だから、わたしたちは、第一に事例から学ぶためには
   
 メタ(上位の俯瞰的視点)にあがらなくてはならない
   
 のです。
  
 そのうえで、第二に為すべき事は、いったんメタにあがって獲得した「事例の背後の原則」を、自社の状況にあわせてカスタマイズし、利用することです。
  
 そのためには、自社の状況がどのようなものであるかをまえもって観察して、それと原理・原則の照合をしなくてはなりません。
 自社の状況や環境に応じて、事例から学んだことを変換し、役立てなくてはならないのです。
  
 よって、私たちが事例から学ぶためには、メタにあがる一方で
  
 自社に降りろ!
  
 ということになります。
 
 つまり、  
 
 事例から学ぶこととは、メタにあがって、自社に降りる!
  
 ことです。
  
 そもそも、事例から学ぶということ自体が、知的にスリリングなことことでありますな。
  
  ▼
  
 今日は「事例クレクレ君」という愛すべきキャラクターを戯画的に描き出したうえで、事例から学ぶとは何かを考えました。
  
 皆さんは、事例クレクレ君になっていませんか?
 皆さんは、事例から学べていますか?
  
 今週一週間、また頑張りましょう!
 そして人生はつづく
  
■関連記事
・「変化はとにかく拒絶」したい「事例くれくれ君」の背後にうごめく「うちは特殊くん」と「事例ないのか君」!?
http://ow.ly/bsWq304978p

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