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2016.1.26 06:41/ Jun

コーチングの「密室性」と「対人性」

 昨日に引き続きコーチングのお話をしたいと思います。
 コーチングは、リーダーシップ開発の手段のひとつとして、少しずつ市民権を得た考え方のひとつになっていると思います。
 リーダーシップ研究、とりわけDevelopmentに主眼をおいたメタ分析論文、レビュー論文を読んでいけば、もちろんコーチング以外にもたくさんのリーダーシップ開発手法があることは周知のとおりです。
 が、コーチングは、近年、その中のひとつとして、認められつつある考え方になってきているのではないかと思います。
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 ところで、人材開発の視点から、コーチングを「手法」としてみた場合に、そこには「密室性」と「対人性」という2つの特質があるように思います。
 これら2つのコーチングの特質は「強み」でもあり、下手をすれば「弱み」ににも転化してしまうと僕は思います。
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 まず第一の「密室性」ですが、これは、「コーチをする側とコーチされる側が、多くの場合ペアになり、日常とは隔絶した空間で相対する」という特質です。多くの場合、コーチングの会話は「秘匿性」が高いのではないでしょうか。
 これまで40年、何とかかんとか、生きてきましたが、
 いやー、衆人環視のもとで、コーチング受けてきたよ、ハッハッハッハッ!
 という剛の者を僕は知りません(笑)
 昨日も話題にしましたが、人が何かの役割から何かの役割に「役割移行」するというとき、「日常からの分離」というのは、多くの通過儀礼に見られる特徴のひとつです。
 コーチングの場合、「密室性」は「日常の業務からいったんひいたところ」に人を立たせることで、振り返りをしやすくすること。
 そして、心理的安全を確保するため、第三者から隔絶した空間に身をおき、本音でのコミュニケーションを可能にする効果があるように思います。
 すなわち、密室性は「トランジション」に必要なのです。
 一方、コーチングのもうひとつの「対人性」とは、コーチングという営為は、個人の営為ではなく、「個人対個人のコミュニケーション」として達成される特質をいいます。
 もちろん、セルフコーチングという研究領域も存在しますが、なかなかにマニアックです。
 いやー、わたし、ひとりでシコシコ、自分で自分にコーチングしてんですけどね
 という剛の者に、残念ながら、僕はあったことがありません(笑)
 ワンセンテンスでそれを要約すれば、コーチングとは「人間同士のコミュニケーションで、人を変化させよう」という営為です。
 対人性もやはり「トランジション」に必要です。
(いつか時間ができたら、このあたりの思想的基盤についてぜひ議論したいものですが、おそらく、これは、その根っこが、プラグマティズムや社会構成主義に影響を受けているからだと思われます) 
 
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 しかし、コーチングは「密室性」と「対人性」という2つの特質をもつがゆえにパワフルです。日常からは隔絶した心理的安全の場で、対人間のコミュニケーションを通して、これまでを振り返り、これからを構想します。そして具体的な目標達成への道筋を話し合います。
 しかし、このコーチングの「強み」同時に、ともすれば「弱み」も生み出すことも、また私たちは目を向けなくてはなりません。世の中にある多くの物事は「強み」は同時に「弱み」になりえます。コーチングとて同じ事です。
 第一に生み出される問題は「転移の問題」です。
 コーチングでは、人は一時期「密室」におりながらも、必ず「密室」を出なくてはなりません。そして「密室」をでたあとは、シャバにかえり、そこで「学んだ内容(契約した内容)」を現場で活かすことが求められます。
 すなわち、コーチングという営為には「日常からの隔絶」と「日常への接続」という2つのモーメントが同時に含まれています。
 密室であること、日常からの隔絶は、コーチングをコーチングたらしめることにとっては必要なことなのですが、同時に、転移の困難も生み出します。すなわち、ともすれば、コーチングはコーチング、仕事は仕事、になりかねない、ということです。
 最悪の場合、
 あの人、たまーに、ひそかにコーチングは受けてるみたいだけど、仕事の方は、さっぱりだよねー
 ということになる場合も少なくありません。
 第二に「密室であること」と「対人性」が重なり合う地平には、「コーチングのクオリティアシュアランス」の問題が生まれる可能性があります。
 一般に密室の中で行われている会話は、外には漏れることはありません。つまり外部からのチェックを受けにくい。そして対人性が高いということは、「人によって、そのクオリティは千差万別であること」を意味します。
 要するに、コーチングのクオリティアシュアランスは難しいということです。かなり意図して、それを向上させる努力なしでは、おそらく、それは千差万別になってしまうでしょう。
 たとえば、定期的にそのプロセスを外部のまなざしに晒し、フィードバックを受けるような努力が必要なのでしょう。
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 コーチングは「パワフルな手法」です。しかし、その「強み」は「弱み」にも転化しうる可能性を有していることを今日は論じました。
 もちろん、この特質は、コーチングのみならず、人材開発一般にも共通することでもあります。ただし、コーチングは秘匿性が高い密室空間でなされること、さらには人間ひとりが徹底的に個人ひとりに向き合う営みだけに、そうした問題は、より大きくなりやすいとは思います。
 コーチングとリーダーシップ開発の最先端の研究をよむ研究会は、まだ東大で継続される予定です。次回、次々回は、僕が英語文献の担当でしょうか。また皆さんと学べる日を愉しみにしています。
 そして人生はつづく

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