NAKAHARA-LAB.net

2013.3.28 06:54/ Jun

「学び」を促すかもしれない!?「プチ掘り出し物」探しの旅 : ラーニングウロウロのすすめ

「学びや対話を促しそうなツール」、といいましょうか、そんな「大げさ」なことではなくても、人の「!」を促すことに利用できそうな「ブツ」「プチ掘り出し物」を、探しにいくのが、僕は、わりと好きです。美術館のショップコーナー、雑貨屋さん、100均ショップ・・・こういうところを意味なくウロウロしている、怪しいおっさんをみたら、それは小生です(笑)。
 道具によって、人間の学習や認知なんて、いくらでも変わるものです。かっこつけていうならば、そういう「認知的アーティファクト(人工物)」を「掘り出し」にいくのが、好きということです。
「これ、なんか、使えるんちゃうかな」
 街を歩いているときには、こういうことばかり考えているので、いつも車にひかれそうになっています(泣)。
 ちゃんと、前向いて、歩けよ。
  ▼
 先日、見つけたのは、「人型付箋紙」と「吹き出し型付箋紙」です。これに、小生、ビビビときました。表参道のMoMaストアであったと記憶しています。
fukidashi01.png
 こちらの付箋紙、たとえば、ストーリーを紡いだりするときとか、いろいろ、込み入ったステークホルダーの議論を整理するときなどに、使えそうな気がしませんか。
 たとえば、研修とかワークショップで、いまや定番となった付箋紙。こちらの場面でも、いろいろ使えそうな気がします。
 こういうこというと、
「いつもの四角型の付箋紙でいいじゃん、同じじゃん」
 とおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんね。
 たぶん、いいでしょうね。
 たぶん、同じでしょうね。
 論理的にいうと、おっしゃるとおりだと思います。
 でも、人間にはもっとも厄介な「感情」というものがついてまわります。
 いつもの付箋紙に、ワクワクする人はいないでしょう。
 四角の付箋紙を見て「萌えたー」とおっしゃる人は、たぶんおりませんし、「おっ、いつもと違うね」と思う人はいないと思われます。
 そういうちょっとした「プチ新しさ」が、実は、思考や場を変えたりすることも、また事実であったりします。
 以前にも申し上げたかもしれませんが、「付箋紙とマジックとポスターをみると、げんなりする人」も少なくありません。もしかすると、そういう方にも、プチ刺激を与えることができるかもしれません。

「ワークショップ疲れ」という現象の背後にあるもの

http://www.nakahara-lab.net/blog/2013/02/post_1948.html
 うーん、理論的にはどうにも説明できませんが、現場的にはそういうことです。
 ▼
 面白いと思ったら、早速、「実験」です。
 いつもの「実験台」さんは、こちらです(笑)。
 いわゆるひとつのTAKUZOです。
fukidashi02.png
 TAKUZOさんは、最近、お年頃なので、小生意気なことを言うこともありますが、なかなか「素直な方」なのでございます。
 面白いものは面白い。
 面白くないものは、見向きもしない。
 モニタリング調査のために生まれてきたような男です。
「また、おやじ、変なもの持ってきたぞ・・・どれどれ、遊んでやるか」
 と心の中でつぶやきつつ、遊び始めました。
 見事はまったらしく、ストーリー作りに興じています。保育園になかなかいかなくて困った。
 どうやら・・・・今回は第一関門は「まる」のようですね。TAKUZOがハマったからといって、大人に利用できるかどうかはわかりませんが(笑)
fukidashi03.png
 とりあえず、めでたし、めでたし。
 ▼
 今日は、付箋の話をしました。
 でも、今日の話は「ブリリアントな思考のためには付箋紙を変えろ!」とかいう風に、決して読まれないでいただければと思います(笑)。言いたいことは、そういうことではありません。人型だろうが、吹き出し型だろうが、何でもいいのです。
 付箋紙をすべて新調したからといって、何か素敵なことが突然起こるわけではありません。それに僕は、文房具メーカーの「まわしもの」ではありません。
 言いたいことはそういうことではなく、「なんか、これ、使えるかも?」という視点で、街を回ると、意外に使えそうなものはゴロゴロしているし、もしビビビときたら、すぐに実験してみると、面白いかもしれません。
 忙しくなると、ついつい、失われがちなのは「ふらり、ぶらつく時間」と、「何でも試してみよう」という「実験マインド」です。「ぶらつく時間」と「実験マインド」が「新たな学びの場」の創造につながる可能性も、1%くらいはあるかもしれませんね(笑)。
 たかが道具ですが、されど道具です。
 思考や認知を媒介する役割をもつものとして「道具」や「人工物」が、学習論の中で語られるようになったのは、わずか30年くらいのことだとは思います。
 もしかすると、アンテナを高くして「されど道具」を見つけにいくと、なかなか面白いものが見つかるかもしれませんよ。
「学びを促すかもしれない?掘り出し物探し」、いわゆる「ラーニンウロウロ」をぜひ、皆さんもおたのしみいただければと思います。
 そして人生は続く。

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