NAKAHARA-LAB.net

2012.11.1 09:33/ Jun

シリアス・ファン(Serious Fan)な研修をめざして:「研修参加者の満足度」という指標を考える

 昨日のブログ記事には、たくさんの方からメールやメッセージをいただきました。昨日の話の要点は、「研修評価、イコール、研修参加者の満足度と短絡的に考えてしまうことは残念な結果を生み出しやすい」ということでしたが、みなさま、いかが思われたでしょうか。
 こう、僕が、敢えて述べた背景には、
1)「研修参加者の満足度」が、研修評価指標の一指標であるにもかかわらず独り歩きし、その他の指標を探すことがあまり行われないこと
2)研修が組織目標・戦略に合致して実施されるならば、ロジカルには、KPIの設定は、あくまで、それに類するものに設定されるべきであること
3)「研修参加者の満足度」は、実際はクラスの内部で、操作しやすい側面をもっていること
 などに「危惧」を感じたからです。
 もちろんこういったかたらといって、僕は
「研修参加者の満足度は必要ない」
「研修では、参加者をひーひー言わせればいい」
「講師・ファシリテーターは研修参加者の満足度なんて見なくて良い」
 ということを言いたいわけでは断じてありません。
 つまり「研修参加者の満足度」を過剰に退けたり、その必要性や利用可能性をおとしめているわけではありません。
 学習研究には「シリアス・ファン(Serious Fan)」「ハード・ファン(Hard fun)」という言葉があります。日本語にすれば「ガチ・真面目に、知的に愉しい!?」くらいになるのでしょうか? 「知的真剣勝負」と訳すこともできますが、まぁ、適訳はあとで、また考えるのだとして、せっかくコストをかけて研修実施するのだから(あらゆる学習にはコストが付随します)、こういう時間を過ごすことが、とても大切なことだと思います。
 もし、そういう時間をつくることができたのだとしたら、たとえ研修やワークショップの内容が「シリアス」で「ハード」であったとしても、人は充実感を感じ、満足を憶えるものなのではないか、と思います。
 ふりかえって考えてみると「シリアス・ファン(Serious Fan)」「ハード・ファン(Hard fun)」という言葉は、本来、オキシモロン(形容矛盾)です。なぜなら、「シリアス」や「ハード」という言葉と、「ファン」という言葉は、一見、反対語のようであり、「ひとつの言葉」として結びつかないように感じるからです。しかし、この「形容矛盾」にこそ、研修やワークショップがめざすべきものがあるような気が僕はしています。
  ▼
「研修参加者の満足度」を思慮なく過剰に利用することの、もっとも憂慮すべき事態は、「研修参加者の満足度が下がること」を気にして、学習内容に「歪み」がでてくることではないか、と思います。
1.研修参加者の満足度が下がることを恐れて、「本来、耳が痛くても言わなければならないこと」「本来、扱わなければならないこと」を避ける傾向が生まれる
2.「研修参加者をモヤモヤさせる」よりは「すっきりさせた方」が研修参加者の満足度が「上がる」ので、「唯一絶対の答え=これだけやっておけばすべて成功する的な、もっともらしい命題」をポイントをしぼって教えてしまう。つまりは「考えさせない」。受動的に「答え」を受け入れる「入れ物」のように学習者を取り扱ってしまう
3.研修提供側と研修参加者のあいだに、最悪の場合、「共犯関係」が成立する。提供側は「学習内容」とは関係ない「軽妙な笑い」をまぜたり、元気のよい爽快なファシリテーション」さえすれば、評価があがるので、ますますそうする。研修参加者は、「研修満足度」という指標をたてにとり、ますます学習から逃避する
 などでしょうか。
 きのうの繰り返しになりますが、「研修参加者の満足度」というものは、外的に、かつ、表面的に操作・介入するのがもっとも簡単な指標です。だって、おもしろ、おかしく、やればいいから(それもスキルのいることですが、笑)。
 つまり、「研修参加者の満足度」を過剰に重視した研修のあり方とは、教育のサプライサイドにとって、「もっとも都合のよい状況」をつくってしまうことになります。
(ちなみに、もっというのならば、研修参加者の満足度は、研修を取り仕切る側(たとえば人事・人材開発側)にとっても都合がよい指標です。なぜなら、それは「教授」や「ファシリテーション」の工夫だけで、操作可能だからであり、それによって、研修を取り仕切る側の評価も確定してしまうからです。もし、仮に指標が、”組織目標や戦略に対する貢献に近い指標”であればあるほど、なかなか操作・介入を行うことが難しくなります。先ほどの文章にさらに加筆するのだとしたら、研修参加者の満足度とは「研修参加者 – 研修提供者 – 研修設定者の共犯関係」が成立させることにも寄与する指標ともなりえるのです)
 ▼
 先週、僕はブログで戦後を代表する国語教師の「大村はま」さんの言葉をいくつか、ご紹介しました。むろん、国語の授業と、組織の研修が同じ事はないですが、そのピリリとした言葉からは、今日のブログと昨日のブログで論じたことに近いものを感じます。
“考えるということを本気でさせた人”が一番えらい!?:「優劣のかなたに – 遺された60のことば」を読んだ!
http://www.nakahara-lab.net/blog/2012/10/_-_60.html

教室でわたしは生徒をかわいいと思ったことなどない。 / かわいいか、かわいくないか、それどころではない。力をつけることで、精一杯でした(大村はま)

子どもに考えさせるということをした人が、いちばん教師としてすぐれている。できるようになったか、ならなかったかは、どっちでもよろしい。けれども、考えるということをさせた事実  – “考えなさいといった人”ではなくて、”考えるということを本気でさせた人”が一番えらい/(大村はま)


 学びの現場には、「力をつけること」がやはり大切だと思います。そして、それは、たとえ「挑戦を含む内容」であっても、しっかりと向き合い、自分の頭で考えることから可能になります。
 もちろん、この場合の「力」とは、企業・組織によって変わるとは思いますが、「研修参加者の満足度やご機嫌」を重視するあまり、本来、扱わなければならないことを避けてしまうのは、やはり本末転倒ではないか、と感じます。
 大村さんのことばは、私たちにピリリと刺さり、背中に緊張感が漂う一方で、優しさにも満ちています。
 ピリリとした優しさ
 なぜかはわかりませんが、学びの現場には、いつも、オキシモロン(形容矛盾)が、よく似合うような気がします。
  —
■2012/10/31 Twitter

  • 22:56  木村さんは、この「キャンディ」にどうお応えになりますか?>木村優菜さんの感想ブログ:「関わる」ことで「見る」こと「見える」もの: http://t.co/xlFoJ6R0
  • 22:53  あなたは『舞台にたつ人?』、それとも『舞台にたつ人の後で踊る人』?山根さん、準備はできたかい?>法政大学・山根賢一さんの感想ブログ「いつもと違う 東大での合同ワークショップ:法政大×慶應大×東大」: http://t.co/bi7b6qNm
  • 21:58  「蒼氓」、耳コピ完了。結構苦戦したわい。。。押さえにくい、指つる。
  • 21:17  懐かしいですね。昔を思い出しながら聞こう!RT @tatemiwa: その曲は私も好きです!なんか嬉しい。RT 最近出た山下達郎さんのベストアルバムを、ついついポチってもーた。「蒼氓」が好きです、1988年、小生は中学生。http://t.co/9AzO5riS
  • 21:10  「蒼氓」山下達郎(youtube) : http://t.co/k4rZ8Qz8
  • 21:05  最近出た山下達郎さんのベストアルバムを、ついついポチってもーた。「蒼氓」が好きです。この曲にはじめて出会ったのは「僕の中の少年」。1988年、小生は中学生。http://t.co/9AzO5riS
  • 19:18  若者離職率を初公表 業種別の離職率を公表、大きな開き。ライフライン産業では10%下回る。飲食サービス業などでは50%近くに上る : http://t.co/uaAcJOSS
  • 16:04  【ブログ更新】「研修評価=研修参加者の満足度!?」 : 人材開発研究における教育効果測定の進展: http://t.co/HMjUKLXb
  • 13:44  ようやくランチにありつけたわい。ふぅ。
  • 12:25  自分の専門性を「スペック」として「書き出せない」ように、自分のキャリアを築くといいんじゃないかなぁ。「スペックとして書き出せるもの」には、市場が生まれます。
  • 12:08  個人の組織への出入りが流動的・高頻度になれば、「迅速な社会化(swift socialization)」が求められる(Ashforth 2012)。「迅速な社会化」に最も影響を及ぼすのは「適切な新人募集と選択」だろう。「採用と選択」をスコープにいれた研究が増えるんだろうな。
  • 11:51  (2)クロックタイムとしては長く経ていても、適切なイベントタイムが「経験」されていない新人はきっと少なくないんでしょうね。つまり、組織で過ごしている時間は長いけれど、組織適応や学習につながるイベントが経験されていない個人。#nakaharalab
  • 11:50  (1)大学院・中原ゼミ。今日の英語文献(木村さん発表)は「社会化・学習研究における時間」の概念。時間には、1)線形に流れる「クロックタイム」と、2)過去の出来事・エピソードから構成される「イベントタイム」がある(Ancona, et al 2001)。#nakaharalab
  • 11:04  レビュー論文を書く第一段階は、「世の中にはたくさんの研究があるけれど、ほれ、こういう”軸”で整理してみると、綺麗に分かれるよ」という「キレ味のある軸」をみつけることです。経験的には「2軸4象限」を仮に設定してみると構造が見える場合もあります。#nakaharalab
  • 10:16  大学院・中原ゼミ(@nakaharalab)。外国人新入社員は、日本企業に、どのようなプロセスで適応するのか?博士課程・島田さんの研究発表。#nakaharalab


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