2010.6.1 06:56/ Jun
「で、思うんですよ。世の中全体、日本の経済全体が膨らんでいたときは、働く個人が現状維持でも、相対としては自分も一緒に膨らんでいけたけれど、僕らは縮小すらしかねない時代をずっと生きてきた。
時代が「右肩下がり」だというのであれば、現状維持という考え方では、時代と一緒に落ちていってしまう。今よりも自分をよくしていかないと、現状維持ですら現実には怪しくなっちゃうわけだから」(同書より引用)
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稲泉連さんがお書きになった「仕事漂流」を読みました。
就職氷河期をサバイブし、何とか一流企業に入った8人の若者たちが、会社の中で働くことに様々な葛藤や矛盾を感じながら、転職するまでをつづったリアルストーリーです。丁寧なインタビューで、彼らの実存に迫ります。このテーマを扱う書籍は、数字やグラフが羅列されるようなものが多いのですが、本書は、叙述的筆致で、若者たちの「リアルな経験」に迫ります。
そこには、物心ついてから、一度も世の中が「上向き」だったことはない、つまりは、シュリンクしつづける社会のムードの中で大人になってきた、若者たち固有の仕事観、人生観 – この時代を「若者」として生きている人々のもつ物語 – が透けて見えます。
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私事にて恐縮ですが、世の中がバブルに浮き立ち、ディスコのお立ち台でなまめかしく踊る女性の様子が人口に膾炙した頃、僕は「中学生」でした。株式市場の平均株価が、4万円に近づき、ピークを迎えた時代でした。「自分も大人になったら、いろいろいいことがあるんだろうな」と、将来・未来については「明るさ」を感じていたような気がします。
しかし、瞬きをする間もなく、そして、自分たちの世代が「何一つ」、その時代の「風」に触れることなく、僕らの知らないところで、僕らの知らない理由で、僕らの知らないうちに、それらは「水泡」に帰しました。
その先に、僕たちの世代が見たものは、「シュリンクし続ける社会」でした。
自分たちが何一つ関与することなく、第三者によって産み出された「シュリンクし続ける社会」を、今度は、僕たちが、自らの手と足で、サバイブすることが求められました。凍てつくような「就職氷河期」は、僕らが大学生だった頃の「リアルな風景」でした。
・・・・だからというわけではないのですが、何となく、彼らが会社や組織の中で感じた矛盾、違和感、そしてその中で敏感に感じ取った欺瞞は、共感できる気がします。すべての物語のすべての部分に首肯するわけではないのですが、まず論理的判断をくだす前に「嗚呼、この人も同じ時代を生きたんだな」と思ってしまうのです。
「だって小学生の頃にバブルが崩壊して以来、ずっともうだめだ、危機だ、失われた10年だ、リストラの嵐だと言われ続けてきたわけですから。その中で大人になってきたので、危機が叫ばれているのが普通なんだと思ってしまいます・・・」(同書より引用)
おそらく、大切なポイントは、彼らは「怠惰」であるから、あるいは、「周囲に適応できない」から、「何も考えていない」から、「自分の将来を見つめていない」から、会社や組織を去ったのではないように思います。
むしろ、「勤勉」でいて、「周囲にセンシティブ」で、さらに「本質」を見抜き、自分の将来を真面目に考えようとしたからこそ、おそらくは、今ある場所を離れることを決意したのだと思います。
もちろん、それが結果としてよかったのか、どうなのかは、誰にもわかりませんし、誰も裁定することはできません。
また本書は、いわゆる「自己啓発本」ではありませんので、読者のあなたに「・・・しなさい」「・・・すべき」という規範を押しつけることはありません。
本書を読んで、何を考えるかは、読み手に委されています。
共感する部分もあるし、そうでない部分もあるでしょう。それ以外の世代は言うにおよばず、ロスジェネ世代の読者ですら「一枚岩」ではありませんから、同じ世代でも思うところは違ってくるのが当然だと思います。
でも、僕は、それでいいのではないかと思いました。
本書は、読者が「自分の働くことの意味」を考えるための「良質な素材」なのかもしれません。また、本書に編まれた「語り」は、自分が暗黙のうちにもっている仕事や生き方に関する「様々な前提(価値観)」を浮かび上がらせるためのバックライトのようなものなのではないか、と思います。
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本書は、若者がわからないと嘆くマネジャー諸氏、そして、人材育成担当者にもおすすめの一冊です。ロストジェネレーションが経験した「仕事現場のリアル」についても鮮やかに描写されています。
銀行員になったばかりの新人にかまっているような暇はない。先輩たちには、そんな気持ちがありありと感じられるし、下から上まですべての行員が、常に「いっぱいいっぱい」に焦っていて、大橋が書類を上司に持っていても、「今、忙しいから」と言われるばかり。
電話取りやコピー取り、シュレッダーかけといった雑用が新人に押しつけられるのも、「そんなことをやっている場合じゃない」と追い立てられる先輩行員たちが、まず存在し、そんなときに上意下達の仕組みがいよいよものをいうという話であった。
(中略)
社内の雑務を担当させられ、飲み会の幹事を押しつけられ、有名歌手の物まねをしても、ノルマは回らない。それでもやる気をもって目の前の仕事をこなすためには、その努力の先によりよい未来を想像できなければならない。いつかは大きな仕事ができる。いつかは、この現状から抜け出せると信じられるからこそ、今を懸命に生きることもできる。
ところが彼の垣間見た銀行の世界は、先輩や上司が年を経るごとによりよい賃金やポスト、仕事を得るという年功序列的なメリットを享受していながら、自分自身は、そのデメリットのみを引き受けることになりかねない、というものだった。(同書より引用)
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「止まるとね、不安なんです。正直、自分に自信が持てないからこそ、走り続けざるを得ない。走っていることで、要するに不安を紛らわしているのでしょうね」(同書より引用)
あなたは、今、走り続けますか?
それとも、今、立ち止まりますか?
そして、人生は続く。
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■2010年5月31日 中原のTwitterでの発言
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