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2009.1.9 07:00/ Jun

福井次矢著「なぜ聖路加に人が集まるのか」を読んだ!

 福井次矢著「なぜ聖路加に人が集まるのか」を読んだ。著者である福井氏は、日本で最も有名な病院のひとつである聖路加国際病院の院長。

 本書では、福井氏が、聖路加国際病院のチーム医療のあり方、組織改革、医師研修システムのあり方などについて、幅広い観点から語っている。
 特に個人的には、多くの研修医を魅了し、集める、その研修システムに、興味をもった。
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 聖路加国際病院の研修システムは、いわゆる「屋根瓦方式」と言われている。これが「チーム医療」の中に組み込まれて、効果をあげている、のだという。
 屋根瓦システムとは、1年目のジュニアレジデントを2・3年目の先輩研修医が教え、2・3年目の研修医を4・5年目の研修医が教える。4・5年目の研修医をさらにその上が教える、という具合に、すぐ上の先輩が、後輩を教えていくシステム。
 聖路加での医療は、チーム医療でおこなわれているため、チーム内にこの屋根瓦が二重・三重に幾重にも存在する。「教えることによった学ぶ」縦の関係が重層的に仕事の中に組み込まれている、という。
「どんな有名な外科医であっても、はじめての手術はある」と福井氏はいう。どんなに熟達した医師であっても、元をたどれば、初学者(ノービス)である。
 問題は、彼らにクリティカルな失敗をさせないことである。クリティカルな失敗は、医療の場合、甚大な被害を患者にもたらす。
 加えて「患者を診ずに特定の臓器を診ることにしか興味を示す医師」ではなく、「患者を診る医師」を育てることである。福井氏は、自身の留学経験で出会ったハーヴァード大学のアーサー=クラインマン博士(医療人類学)の話を引用しながら、「疾患」ではなく「病」を診ることに言及していた。
疾患と病い:アーサー・クラインマン著「病いの語り」
http://www.nakahara-lab.net/blog/2008/04/post_1200.html
 医師の熟達は、こうした中でおこなわれる必要がある。そのためには、幾重の人的支援がどうしても、必要になる。
 聖路加の「屋根瓦」システムは、知識やスキル、そして医療に対する信念システムを、世代継承していく仕組みである。これが機能する条件としては、1)すべてのレイヤーの医師が自らの成長を目指すことと、2)チーム医療が実践されること、であると思った。
 僕は、医学教育に関しては、全くのシロウトである。最近の動向も知らない。そして、この聖路加の実態についてもわからない。
 可能であれば、こうした病院の育成システムをエスノグラフィー(質的調査)できると面白いなぁ、と思った。
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 本書は、聖路加の研修システムを知る上でも、大変興味深かったが、日本の医療のあり方や今後を考える上でも、非常に印象深かった。特に、国際比較のデータは、聴いたことがなかったため、特に考えさせられた。
 日本の医療費は、GDPに対して8%、OECD加盟国の中で22番目。国民医療費は約33兆円。その規模は、全盛期のパチンコ産業の市場規模と同額。
 日本人が医師の診察を受ける回数は、一人あたり年間13回以上。平均在院日数は19.8日とOECD加盟国中最中。
 日本の人口1000人に対する医師の一は2名。OECD加盟国中最中加盟国30ヵ国中、27位。
 人口100万人あたりのCTの設置数は92.6台、MRIは40.1台。OECD加盟国中最多。世界中のCTの実に4分の1は日本にある。
 僕は専門家でないので、よくわからないけれど、どこかが「おかしい」のかもしれないな、と漠然と感じた。
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 なお、聖路加ではメディカルスクールをつくる動きがあるのだという。この動きが、大学医学部の将来のあり方に一石を投じるのかどうか、今後の動きを見守りたい。

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