NAKAHARA-LAB.net

2008.8.1 07:13/ Jun

eラーニングには何ができるか!?という問い

 東京ビックサイトで開催されている「eラーニングワールド」で講演を行った。
 講演テーマは「成果につながる企業人材育成」。企業人材育成の現在の動向を、僕なりにまとめ、ふりかえった上で、「情報通信技術(ICT)には何ができるか」を全員でディスカッションする、という内容であった。
 拙い内容であったが、何とか終了。関係者の皆様に感謝します。本当にありがとうございました。
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 ところで、僕は、なぜ、講演の最後のディスカッションテーマを、「eラーニングには何ができるか」ではなく「情報通信技術(ICT)には何ができるか」にしたのか。
 この問いにこめた思いはこうだ。
 
 僕は、「今後の企業人材育成において、今よりもICTが活用されないこと」はありえないし、それが果たすべき役割も多くなると確信している。
 仕事のやり方、コミュニケーションの取り方、私たちの生活のあり方が、日々、望むと望まないにしろIT化が進んでいるのだから、その動向は不可避だと思う。
 しかし、今後、人材育成において利用されるICTのあり方が、今、いわゆる「eラーニング」という言葉で我々がイメージしてしまうものには、僕には、あまり思えない。
 むしろ、我々は「eラーニング」という言葉や、「eラーニングという言葉からイメージされるもの」を、いったんエポケーしつつ、「eの世界で可能になる学習」が、どのような教育的付加価値を企業人材育成に提供しうるのかを、「本気の本気」で考察するべきなのではないか。
 その際には、eラーニングとよばれる世界の人々だけ、仲間内だけで問題だと思っていることについて、仲間内だけで通じる「言語」で語るのではなく、一般の人材育成担当者、人事の方、経営者の方、経営企画に携わっている人々、現場マネジャー・・・様々なステークホルダーを巻き込みつつ、みんなにわかる共通言語で、もう一度、「eの世界が支援する人々の学習・成長・熟達化」のあり方を、議論するべきなのではないか。
 このような思いから僕は敢えて「eラーニング」という言葉を使わなかった。
 —
 僕は、数年前までいわゆる「eラーニング」の研究動向もウォッチしていたし、自分もたくさんの研究をしてきた。僕は、その渦中にいた。
 数年前からは、いったんそこを離れ、もう少しGeneralな立ち位置から – つまりはeであるかどうかは問わず、「企業・組織における学習」の問題を考えている。
 その二つの世界を垣間見た経験からすると、今の、いわゆる「eラーニングの言説空間」と、いわゆる「企業人材育成の言説空間」の間には、そこで使われている言語、そこで重視されている価値に、大きな隔たりがあるように感じる。
 昨日一日、eラーニングについていろいろ聞いたけど、そこで語られていることが、僕がふだん逢うことの多い人材育成担当者に響くとは、あまり思えないのである。
 もしかすると、それらの議論は、業界内部の人を対象にしていたり、情報システム系の人を対象にしているのかもしれない。真意はわからないけれど、とにかく、少なくとも人材育成でイシューになっていることと、eラーニングでイシューになっていることの間には、どうしても「接続」が見つからなかった。
 むしろ、二つの世界は、全く違った世界のようにも錯覚してしまうようにも感じる。
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 誤解を避けるために、繰り返し述べるが、僕は「eの世界で可能になる学習」には期待しているし、その流れが減速することはないと思っている。
 人材育成の現場の話を聞くと、「あー、ここにはデジタルが使えるのにな」とか「ここは携帯とか使えるだろうな」と思うことが少なくない。本当はもっと楽に、もっと効果的に育成支援が行えるのに、「eの世界」のことをあまり知らないがゆえに、それができない。そうした場面をたくさん見てきた。
 僕自身、現在、たとえば現場マネジャーの学習支援のために情報通信技術を利用するプロジェクトなどに関わらせていただいている。
 現場マネジャーがつみあげてきた経験の分析、そして仕事のやり方などを総合的に考察した上で、「現場マネジャーの研修」と組み合わせた情報通信技術のあり方をディスカッションさせていただいている。「e」にできることは本当に多いと思う。それは間違いない。
 そして、そこで話題になっていることは、いわゆる「eラーニングの世界」で話題になっていることではないようにも思う。
 繰り返しになるが、やれることはゴマンとあると思うし、これからなのではないかと思う。しかし、そのため前には、「本気の覚悟」と「本気の議論」が必要ではないか、と思う。

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