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2022.3.2 08:31/ Jun

よき映画には、よき対話が似合う!? : 映画「ドライブ・マイ・カー」感想

「僕は、正しく傷つくべきだった。本当をやり過ごしてしまった。見ないふりを続けた」
   
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 ちょっと前のことになりますが、映画「ドライブ・マイ・カー」を見ました(この映画についてまったくの情報を入れたくない方は、ここから先は読まないでください。ネタバレは避けていますが、完全ではないかもしれません)。
  

 
映画「ドライブ・マイ・カー」
https://dmc.bitters.co.jp/
  
 試験問題に「この映画を3行で要約せよ」と問われるのなら、
    
 妻の不貞に裏切られ、そのことに関して対話する機会を逸したまま、妻に先立たれた舞台俳優(演出家)の男が、同じように傷ついた人々との出会いのなかで、悲しみ・苦しみからはいあがり、自我を取り戻していく「回復の物語」
    
 ということになるのではないでしょうか(笑・・・はしょりすぎ)。
    
 内容に関してはネタバレになるので多くを語らないようにして、以下は、この映画の形式的な特徴について書きます。
    
  ▼
    
 なんと言っても、この映画を語るうえで、外せないキーワードは「物語」と「多声性」ではないかと思います。
   
 映画のなかでは「メインのストーリー」のほか、ベケットの「ゴドーを待ちながら」、チェーホフの「ワーニャ叔父さん」などの劇中演劇(映画の内部での演劇)が演じられ、そこにさらに、登場人物たちの、多様な物語、台詞が交差します。多様な物語が交差し、その物語の台詞が、映画を埋め尽くします。主人公の仕事が舞台俳優(演出家)である、という舞台設定が、これらの演出を可能にしています。
  
 映画は、さしずめ「多声性に満ちた物語」が、しっとり流れて3時間つづきます。
 映画には、劇中演劇の台詞が、さまざまに木霊します。
 この映画のオーディエンスは、劇中演劇の台詞のひとつひとつが、「メインストーリー」の登場人物たちの内面や心情を指し示しているのではないか、と考えながら、映画を体験することになります。
  
 当初、僕は「上映時間の3時間は、長いかな」と思いました。
 しかし、結局、そんな心配はまったくなかったのです。
 謎めいた台詞たちの重なり、その意図を解釈しているうちに、あっという間に時間は過ぎました。
  
  ▼
  
 劇の最後では、主人公の男性が、こんな台詞を残します。
  
 僕は、正しく傷つくべきだった
 本当をやり過ごしてしまった
 見ないふりを続けた
  
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 ここで「正しく傷つく」とは「傷つかないこと」ではありません。
 そうではなく、むしろ、「傷ついたことをみとめ、現実から、目をそむけず、向き合うこと」なのだと思います。
  

 ひとは、長い人生を生きていれば、さまざまなかたちで傷つきます。
 誰もが、痛みを抱えています。
 そして、誰もが「語り得ぬ物語」をもっているのです。
  
 逆にいえば、こうもいえます。
  
 物語は、誰かに聞かれることを「待ちこがれている」のです。
 痛みを抱えているひとびとが、もう一度、快復するためには、信頼できる人々と、物語をシェアし、手をとりあうことなのだと思います。
  
  ▼
   
 かくして、主人公は快復を遂げます。
 あくまで個人的直感だけれども、映画名の「ドライブ・マイ・カー」とは、自分自身の人生を、自分自身でハンドルを握って生きることの「暗喩」だったのだと思います。
   
 それを一度は失ってしまった男に必要だったのは、自分の車(マイカー)を、一度は他者に委ね、後部座席や助手席に腰掛け、自らをみつめ、向き合い、回復することだったのでしょうね。そのためには「共感的な他者」がどうしても必要だった。
   
  ▼
   
 この映画は、信頼のおける「誰か」と一緒に見に行くのもよいと思います。
 映画館を出て、あれはどういう意味だったのか、と解釈し合うのも楽しいのではないか、と思うのです。
   
 よい映画には、豊富な対話があります。
  
 そして
  
 よい映画鑑賞には、よき対話がよく似合うのです。
  
 ドライブ・マイ・カー
 自分の人生を、自ら生きよ!
  
 そして人生はつづく
  
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