2021.11.15 06:16/ Jun
作家・鎌田彗が、「組織や権力にこびることなく、己の道を究めた人々」を対照にインタビューを行った作品に著書「ひとり起つ」がある。
この作品に綴られている「反骨のひとの肉声」はどれも示唆に富む。しかし、個人的に印象深かったのは、そのなかのエッセイのひとつ、漫画家の「やなせたかし」さんをつづった「アンパンマンの正義」という作品だ。
やなせたかしは、いわずもがたアンパンマンの作者。
鎌田によれば、やなせの描く「アンパンマン」は、従来のヒーローに比べて、「自己犠牲のヒーロー」だという。
たとえば米国のアニメ「スーパーマン」ならば、悪役がいて、それを倒しまくるという勧善懲悪のストーリーがある。誰もが想像する「正義」を実践する、力強いヒーローだ。ヒーローはいつも「勝つ」。それが常道だ。
しかし、一方、アンパンマンはいつも「やられている」。人々のために、バイキンマンと戦うものの、おなかをすかせた人々や、子どもたちに、惜しげもなく、さしだすのは「自分の顔」だ。自分の顔の「アンパン」をひとに分かち合い、アンパンマンは戦う。
他方、悪役のバイキンマンも、どこか憎めない存在である。アンパンマンと戦っているのは確かなところだけれども、いつも「はひふへほー」とやられて飛んでいく。
このようにアンパンマンは、従来の典型的な「ヒーロー作品」からすると、異色なのである。
それでは、やなせの提示した、「新たなヒーロー像」は、なぜ生まれたのか。
ここで作家・鎌田は、戦争を経験したやなせたかしが信じる「正義」が、いわゆる「世間一般に信じられている、勧善懲悪型の正義」とかけ離れている、からだ、と喝破する。
やなせはいう。
すこし長くなるが、下記に、引用してみよう。
「スーパーマンというのは、だいたい正義の味方でしょう。ところが正義というのは、簡単に逆転するわけですよ。
(中略)昨日の正義は、今日の正義じゃない。正義は簡単に逆転するわけ。正義のために戦うといったって、もしかしたら、怪獣の方が正しいかもしれない。それはつまり、こっち側から見ているから、そうなるわけですよね」
「ですから、本当の正義というのは、どこの国にいっても、逆転しないもの。それがつまり本当の正義で、戦うということじゃなくて、われわれが望んでいる正義というのは、そんな大げさなものじゃなくて、僕らが困っているときに、助けてくれるひととか、おなかがすいたら食べさせてくれるとか、そういうのが正義の味方じゃないかな」
(同著122p)
▼
僕は、なんだか最近、胸がざわつくことがある。
それは、世の中の言説や、メディアや、SNSなどでいわれているところの「幸せ」や「正義」と、普通の市井に住むひとびとの欲している「幸せ」や「正義」が、だんだんズレてきているのではないか、という思いである。前者が後者を「取り残したまま」進み、論調をつくっているような気がしてならない。
たとえば、物価があがり、所得をかせぎ、世界でトップクラスの豊かな国になることが、わたしたちの求める豊かさなのだろうか。もちろん、所得はあったほうがいいに決まっている。しかし、みんなが食えるだけのものがあれば、いいという考えもある。
このようなことなら枚挙に暇が無い。他の国に追いつけ、追いこせ。ランキングをあげて、数をかせぎ、点取りゲームをすることが、わたしたちの、いや、わたしの豊かさなんだろうか。ぬるいと言われるかもしれないが、最近、そのあたりが、どうも気になる。
言葉にならない噛みきれない思いには、アンパンマンの主題歌は、沁みる。
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
答えられないなんて
そんなのは いやだ
あなたの求める幸せ、正義って何ですか?
わたしはアンパンマンに憧れる。そこに何かのヒントがあるような気がしてならない。
そして人生はつづく
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