2021.6.23 08:03/ Jun
昨今、社会に、とみに増えているのが「エビデンスおじさん」です。
ここで「おじさん」とは、「特定のジェンダー」を指し示すわけではなく、「エビデンスという言葉を過剰に信奉して、その制約や課題を疑わず、思考を停止してしまっているひと」のことをさすものとします。
自戒をこめて申しますが、ニッポン社会には、最近、どうも「エビデンスおじさん」が蔓延しはじめています。
今日は、そのことを論じてみましょう。
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言うまでもなく、昨今は、エビデンス・データの時代です。
組織のあり方を決めるにしても、政策を選ぶにしても、
「おい、エビデンスはあるのか?」
「この判断のエビデンスはなんだ?」
といったことが問われます。
不確実性の高いなかで、何かを決めるときには、
エビデンスはないよりも、あったほうがいい。
データはあるにこしたことはない。
不肖・中原も、「なんちゃって研究者!?」のひとりとして、そう思いますし、わたしの、これまでの論考のほぼすべてがデータによって、実証を行うものです。だから、エビデンスも、データは、わたしは「大好物」です。
しかしながら、データやエビデンスの重要性を知っているものだからこそ、一方で、そこにある「限界」や「制約」も強く感じます。今日は、それをいくつかにまとめてみましょう。
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まず第一に、そもそも「エビデンス」とは「過去の経験」から導き出された「抽象的命題」です。
たとえば、ある場所において、過去、「ちょめちょめ」という出来事が起こった。その「ちょめちょめ」において、どのような行動がなされ、その結果、どのような結果・成果をもたらしたのか。エビデンスにも様々な種類があることは承知していますが、こうした「過去の経験」を(一般には、統計などの研究方法論を用いて)抽象的に表現したのが「エビデンス」です。
なかには「ちょめちょめという場所の過去の出来事」と、それとは別の「ほげほげという場所の過去の出来事」の「複数の出来事」の成果をまとめた「ちょめちょめ・ほげほげの抽象的原理」というものもあります(メタ分析)。これは、さらに信頼性のある「エビデンス」になりえます。
ところで、くどいようですが、エビデンスの第一の制約は、それが「過去の出来事」である、ということです。
ですので「過去に、比較するに足る出来事が起こっていない未知の事柄」に対して、エビデンスを求めることは、極めて難しい、ということになります。
ちょっと前のことですが、下記のような台詞を、ある場所で耳にして、腰が砕けそうになりました。
「これがイノベーションといえるのはなぜだ? エビデンスはあるのか?」
イノベーションとはそもそも「過去のビジネスや商品をひっくりかえしてしまうかのような、未知の事柄」です。それにも「エビデンス」を求めるのですね・・・「エビデンスおじさん」は。エビデンスというものを、まったく理解いただいていない気がします。
先日は、こんなエビデンスおじさんの叫びも、ある場所で耳にしました。
「これは、過去のまったく事例がない、想定外の未曾有の出来事だ。エビデンスはないのか?」
だから、エビデンスは「過去の出来事」だってーの。
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第二に、エビデンスの制約とは、それが「特定のある場所で起こった、特定の出来事」である、ということです。
「ある特定の場所Aで起こった出来事」を、「別の特定の場所Bの出来事」を考えるときに用いるとき、わたしたちは「類推(るいすい)」という認知機能を用います。
ここで「類推」とは「ちょめちょめという出来事」に情報を、まったく別の「ほげほげという出来事」へ当てはめて考えることをいいます。
しかし、この「類推」には、それが十分に機能するためのいくつかの条件があります(詳細は、専門書をあたってください)。
ここではひとつだけ取り上げるとすれば、類推の精度が高くなるのは、「ちょめちょめという出来事」と「ほげほげという出来事」が「似ているとき」ということです。
しかし、ここにこそ、わたしたちの生きる「人間世界の特徴(シャバの特徴)」があります。
たとえば、この世には、まったく同じ場所は存在するでしょうか。また、まったく同じ人、まったく同じ文化を有しているひとは、存在するでしょうか。
「ちょめちょめ」という土地と、「ほげほげ」という土地に住んでいるひとは、まったく同じでしょうか?
あるいは「ちょめちょめ」という会社で起こった出来事は、「ほげほげという会社」でも起こりうるほど、「ちょめちょめ」と「ほげほげ」は似ているでしょうか。「ちょめちょめ」と「ほげほげ」の会社のもっているリソース(人的資源・経済資源)は同じでしょうか?
もうおわかりですね・・・そうです。
わたしたちが生きる世界は「トポス(特定の場)」なのです。
ですので、エビデンスをもとに類推して物事を考えるときには、
そのエビデンスをもとに考えても、「ほげほげ」と「ちょめちょめ」では、同じことが起こり状況にあるのか?
を常に考えなくてはなりません。
結局、
エビデンスがあるからといって、思考停止してはいけない
のです。
エビデンスがあるからといって、そのまま鵜呑みに、従ってはいけない
のです。エビデンスのいうとおりに、やらなくてもいいし、やれるかどうかすらわからないのです。ある特定の場所で得られたエビデンスが、まったく他の別の場所でも「機能する」かどうかは、実際は、わからないのです。
わたしたちに求められているのは、
エビデンスを生み出した「ちょめちょめ」の状況について分析し、「ほげほげ」の状況を子細に検討したうえで、エビデンスを「もとに」、何をするべきか? 何をしたいのか?を考え、みなで対話し、自分たちの未来を自分たちで決めること
です。
その際、エビデンスは「従うもの」ではなく「参考にするべき」ものです。
ひとが、エビデンスを向き合うとき、その「従者」になってしまってはいけないのです。
自分の頭で考えて、みなで対話して、自分たちの未来を自分たちで決めなくてはなりません。
エビデンスおじさんとは「思考と対話を放棄する態度」です。だから、そこには大きな落とし穴があります。
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ちなみに、エビデンスには、もうひとつ「注意」が必要なことがあります。
それは、
世の中にとって「重要な物事」は、たいてい白黒ついていないことが多い
ということです。
世の中には、それが重要な命題であればあるほど、ある命題を支持するエビデンスと、それを支持しないエビデンスが、存在していることが一般的です。
たとえば、子どものタブレット利用を支持する数字もあれば、それを支持しない数字もあります。
しかし、エビデンスを探すひとは、「自分の主張したいこと」にフィットするエビデンスを「都合良く」探してきて、持論を指示する傾向があります。
要するに、
ひとは、「自分のもともとやりたいこと」を支持するエビデンスしか見ようとしない傾向がある
ということです。
あなたの近くにエビデンスおじさんがいらっしゃったら、ぜひ、注意深く、彼 / 彼女の言葉を聞いてみてください。
エビデンスおじさんが、口角泡を飛ばして「エビデンスをもってこい!」というとき「(わたしのやりたいことに合致する)エビデンスだけもってこい」と言っていないか、について。
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今日はエビデンスのことについて、あれこれ、書きました。
誤解を避けるために申し上げますが、
僕はデータも、エビデンスも「大好物」です。
しかしながら、だからこそ、それには「制約」や「課題」があることを懸念しています。そして、どんなに気をつけていても、ひとは、よほど注意しないと「エビデンスおじさん」に堕してしまう可能性があります。自戒をこめて。
あなたの組織には「エビデンスおじさん」が蔓延しはじめていませんか?
あなたは「エビデンスおじさん」に堕していませんか?
そして人生はつづく
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