2020.12.15 08:36/ Jun
あなたには「記憶に残る、忘れられない授業」がありますか?
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ひとには数十年たっても忘れられない授業があります。
僕の場合は、現在、オックスフォード大学で教鞭をとっておられる苅谷剛彦先生の授業が、いまだに忘れられません。
あまりにも先生の授業に魅了された僕は、社会学徒では全然なかったのにもかかわらず、先生が教える社会学の演習に、ひそかに1年間潜り込んでいたほどです(調査実習という授業で、量的調査を1年間、苅谷先生、早稲田大学の菊池英治先生から教わりました・・・たぶん、菊池先生も覚えていらっしゃらないと思います)。
苅谷先生の授業で、忘れられないのは
1. ブルデューの「再生産」の授業
2. プリッツをみんなで割って食べた「均等・平等」の授業
3. 習熟度別授業は差別か、いなかに関する授業
です。
記憶はうろ覚えのところもあるのですが、今日は、それを振り返ってみましょう。
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ひとつめ。
ブルデューの再生産の授業は、かつて、下記のエントリーでも紹介したものです。
抽象化と具象化のトレーニング!? : 大学にしかできないことは何か? 苅谷剛彦先生との対談をとおして
http://www.nakahara-lab.net/blog/2014/05/post_2224.html
すこし長くなりますが、以下に再掲してみましょう。
それでは25年前にタイムスリップ
中原は20歳(笑)。
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苅谷先生の授業で、僕が、もう「脳に刻み込まれるほどのレベル」で、20年たっても忘れられない授業の一コマがあります。
それは、ピエール・ブルデューの「再生産」の中の「象徴的暴力」の概念を教える授業です。人文社会科学の研究において、このあまりにも有名な「再生産」の第一テーゼ、すなわち「教育の暴力性」を教えるために、苅谷先生は何をなさったか。
それは、下記のあまりにも難解な「再生産」の第一テーゼを、英語で、しかも、自ら突然教室にあらわれ、自ら「苅谷剛彦教授」であると名乗ることなく、これを黒板に書き付けることでした。
「およそ象徴的暴力を行使する力、すなわちさまざまな意味を押しつけ、しかも自らの力の根底にある力関係をおおい隠すことで、それらの意味を正統であるとして押しつけるにいたる力は、そうした力関係のうえに、それ固有の力、すなわち固有に象徴的な力を付けくわえる。」
(ブルデュー・パスロン「再生産」)
誰ともしらぬ人(単なるオッサンかもしれぬ)が、勝手に教壇にあらわれ、この難解なテーゼを、しかも英語で、黒板に書き付けたとき、100人以上いる東大の受講生のあいだに起こった現象とは何であったか? それこそが、「象徴的暴力」の概念の意味を考え得るきっかけなのです。
そこにあわられた現象は・・・・何ら「根拠なきテーゼ」ーしかも意味のわからない難解なものーを、自らのノートに静かに書き留める、という東大生の集団的行為でした。誰に命令されたわけではないのに、勝手に、自分の筋肉が動き、他のひとも同じことをしている。
そして、この一斉に発露した根拠なき集団的行為こそが、「象徴的行為」を考え得る最初のきっかけになったことなのです。苅谷先生は問いました。
君らさ、僕のこと、誰だと思った?
何も言ってないよね? 僕、教壇に立っていただけれども。
僕、教師だとも、ひと言も言ってないよね?
誰も、名乗っていないよね?
でも、君ら、ノートに書いたよね?
なぜ、君らは、誰かわからぬ人が、勝手に英語で板書した、
意味のわからないテーゼを、自分のノートに書こうと思ったの?
なんで?
そこにはどんな力が蠢いてた???
君ら、勝手に筋肉動いたよね。
それをさ、
社会学では「象徴的暴力」っていうんだよ。
じゃあ、今日の授業は、それ、やるよ。
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ここで苅谷先生が教えたかったことは、「教育は象徴的暴力」にもなりえることです。ただでさえ難解な、この概念を、こんな素敵な「授業のつかみ」で教えてしまう。いや、教えてしまう、といいましょうか・・・学生たちを「学問の入口」に立たせてしまう。
25年立っても忘れられない、すさまじい授業でした。
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ふたつめの授業。
プリッツをみんなで割って食べた「均等」の授業、というのは、「均等」と「平等」という概念を概念を教えるためのエクササイズです。
ある日、苅谷先生は、お菓子のプリッツをおもむろに取り出し、こうおっしゃいました。
今日は、すこしゲームをしてみよう。
ゲームに参加してくれたひとには、お菓子あげるから、みんなで分けて食べてね。
ただ、条件があります。
というのは、今、みんなは無人島でお腹をすかせている、とします。
それで、みんなで狩りをしてきた。
狩で得た食べ物が「プリッツ」です。
そういう状態で、食べ物を、どうやって、みんなで分けるかを考えてみて。
じゃあ、プリッツ欲しいひといる?
(3人ほど、手をあげる)
はい、OK。
じゃあね、この3人に、3本のプリッツをあげます。
じゃあ、どうやって分ける?
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(3人は3本のプリッツを、1本ずつわけて食べる:本当に食べる!)
そうだよね。
3人に3本なんだから、1人1本ずつ食べるよね、ふつーは。
3本独り占めにしたら、ずるいな、って思うでしょう。
次に、じゃあ、次は2人にプリッツあげようか。
2人に3本のプリッツをあげます。
じゃあ、どうやって分ける。
(2人は3本のプリッツを、1.5本ずつわけて食べる:本当に食べる!)
そうだよね。
2人に3本なんだから、1本を半分にして、1.5本ずつ食べるかな。
これを、ひとりは2本、ひとりは1本にはしないよね。
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じゃあ、次行こう。
今度は、3人、誰か、立ってみて。
今度は、この3人のなかで、ひとりは病気だとします。
こちらの2人は頑張って狩をしてきた。
でも、こちらの1人は、病気だから、それができなかった。
食べ物は2本しかとれなかった。
これ、3人はどうやってわける?
学生A「えっ・・・ひとりは病気なのだから1本。残りの2人は0.5ずつ?」
学生B「いや、狩をした二人で、1本ずつでいいんじゃないですか?(みな爆笑)」
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(このあとも、先生がいくつかの条件を提示していくワークショップがつづく)
もうおわかりかと思います。
苅谷先生が、この授業で教えたかったことは「均等」「分配」「公正」ということだと記憶しています。それをいきなり扱っても、学部生には、ピンとこない。そこで、先生は、無人島のプリッツ問題でそれを教えようとなさいました。25年たっても忘れられません。
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最後、みっつめ。
それは「習熟度別授業は差別か、いなかに関する授業」です。
習熟度別授業というものは、学習者の能力に応じてクラス・授業をかえて行う授業ですね。
こうした形式の授業は「学習者の能力」に応じて行われるので、きめ細かい指導が行えるというメリットがあります。しかし、一方で、学習者の能力を測定して、それによってクラスを変えてしまうので、それは「差別」ではないか、という議論もあります。苅谷先生の授業では、この問題を扱いました。
授業の冒頭、先生は、僕に、こんな質問を投げかけました。
100人以上が学んでいる教室で、急に、僕は指名されてしまったのです。
苅谷先生「君さ、名前は?」
20歳の中原「中原です」
苅谷先生「じゃあ、中原くん、君さ・・・「能力に基づく差別」って、英訳してみて」
20歳の中原「えっ・・・・」
苅谷先生「いや、能力に基づく差別を英訳するだけ。。。何にもはめてないよ」
20歳の中原「能力に基づく差別ですか・・・? えっ、えっ・・・えーと・・・Discrimination based on one’s abilityでしょうか・・・」
苅谷先生「まぁ、そんな感じかなぁ。ありがとう。でも、それは英語としてはわかるけれども、それを聞いたひとは、首をかしげるかもしれない。能力にもとづいてコースがわけられるのは、差別なんだろうか、と思うかもしれない。今日は、この問題を扱います」
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いかがでしょう。
面白いでしょう。
もう25年も前のことなので、記憶は不鮮明です。
もしかすると、甘美な思い出に書き換えられているかもしれません。かなり記憶が書き換えられているところがあったとしたら、本当にすみません。25年前なので・・・。
いずれにしても、ともかく・・・このように苅谷先生は、学生を「学問の入口」に立たせようと、常に授業を工夫なさっていました。そして、僕は、それにまんまとつかまった(笑)
学問の入口にたち、その後、研究者になろうと思ったきっかけのひとつに、苅谷先生の授業との出会いがあったように思います(勝手に私淑していたので(指導教員でもない)、先生はご存じなかったと思います。この後、中原少年は、何人かの先生方にお会いすることになります。苅谷先生は、中原が勝手に私淑し、勝手に大きな影響を受けていた、おひとりです。)。
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今日は苅谷先生の授業の思い出を話してみました。
実は、この話には後日談があり、2014年、僕は苅谷先生と15年ぶりくらいにお会いし、対談させていただく機会をいただきました(心より感謝です)。その様子が、下記に公開されておりますので、ご笑覧ください。先生が「学問の入口」に学生を立たせるために、いかに工夫し、苦労なさっていたのかがおわかりいただけるかと思います。
25年の歳月を超えて、先生の素晴らしい授業に心より感謝いたします。
本当にありがとうございました。
そして人生はつづく
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