NAKAHARA-LAB.net

2019.10.24 05:53/ Jun

私たちに話しかけるときには「ふつうの言葉」を使って欲しい!? : 岸本寛史著「緩和ケアという物語」書評

「西洋医学でも、ナラティブ・ベイスト・メディスンなんて言葉がでてきているみたいだけど、もっと普通の話なんだよね。みんな難しい名前がついちゃうのがすごくおかしい。西洋の学問体系にとらわれなくていいから、患者に話すときには、ふつうの言葉を使って欲しい」
(谷川俊太郎)

   
  ・
  ・
  ・
   
岸本寛史著「緩和ケアという物語」を読みました。
  

   
 著者は現役の医師で、緩和ケア病棟で長く働く経験をもった方です。
 本書は、終末期の患者さんたちが集う緩和ケア病棟を舞台とした「物語の相克」を描いています。ここで相克する物語とは「医療者のもつ物語」と「患者さんのもつ物語」。本書で描かれるのは、医者と患者の物語の相克であり、葛藤です。
   
  ▼
  
 本書の主張をひと言で述べるのならば、
  
 医療者が行う「医学的に正しい説明」は、「暴力」にもなりえる
  
 ということに尽きます。
  
 著者は、現代フェミニズム思想を代表する哲学者ジュディス・バトラーの言葉を援用しながら、「医学的に正しい説明」が、患者に対する「倫理的暴力」として作動してしまう可能性に警鐘を鳴らしています。
   
 それでは、いったい、医療者には何ができるのでしょうか?
  
 医療者にできることのひとつは、「医学的に正しい実践」を為しつつも、一方で、自己のもつ「医学的正しい説明」を、いったん「宙づり」して「括弧にいれた」うえで、患者のもつナラティブに耳を傾けることでしょう。
  
 ここで「ナラティブ」とは、「ある出来事についての記述を、何らかの意味的連関によりつなぎあわせたもの」
 すなわち、ナラティブを聴くとは「患者によって意味づけられた病に関する経験」に耳を傾けることであると言うことになります。
  
 患者は、傷を、痛みを、病を、個別に経験し、患者それぞれの「物語」をつむぎます。
 患者を「語り手」として認め、患者個別の物語に耳を傾け、価値を見出していくことが、重要なのではないか、というのが本書の眼目でしょう。
  
 あえて「社会構成主義」を持ち出すことまでもなく、ひとは、ひとりひとり「物語」を構築しながら生きている存在です。しかし、この物語は、真空の地帯に、何の色味を帯びずに、生み出されるわけではありません。物語には、社会的に「優劣」がつきまといます。
  
 医療者のもつ物語は「医学的に正しい説明」に支配される傾向が強いものです。
 また医師という職業威信の高い職種ゆえ、その物語は、権力を帯びる傾向があり、少なくとも権威まといます。そして、これが「患者のもつ物語」と大きくズレたときに、「患者本位ではない医療」が生まれうるのだと思います。とりわけ、終末期の医療にとっては、それが深刻になるのでしょう。
   
 なぜなら、患者さんには「残された時間」が少ないからです。
 物語をつむぐ時間も、もはや十分には残されていない。
  
 自らの生を全うするために、いかに医療者と患者が理解し合えるか
 言葉に書いてしまえば、月並みで凡庸なワンセンテンスですが、それが決定的に重要になります。
  
  ▼
  
 本書は、ナラティブ・ベイスト・メディシンについて書かれた専門書です。
 こう書いてしまうと、すごく「小難しいこと」を論じているかのように思えるかもしれませんが、まったくそんなことはありません。
  
 本書において決定的に重要なのは「わたしたち人間は、ひとりひとりが、自分の理解を、物語として組み立てている=世界を物語としてつむいでいる」という「ものの見方」であり、それに付随する各種の概念など、どうでもよいことのように思います。
    
 他者とかかわるとは、お互いの物語に触れること
    
 そして
   
 他者を理解しようとするならば、自分の物語を、いったん宙づりにして、括弧に入れること
  
 他者の声に耳を傾けること
  
 重要なことは、いつだってシンプルです。
  
  ・
  ・
  ・
   
 書籍中に引用された、詩人・谷川俊太郎の言葉が胸に響きます。
   
「西洋医学でも、ナラティブ・ベイスト・メディスンなんて言葉がでてきているみたいだけど、もっと普通の話なんだよね。みんな難しい名前がついちゃうのがすごくおかしい。西洋の学問体系にとらわれなくていいから、患者に話すときには、ふつうの言葉を使って欲しい」
(谷川俊太郎)

   
   ・
   ・
   ・
  
 そうだよね、問題は「物語」以前。
 「ふつうの言葉」を使って欲しい
  
 そして人生はつづく
   
 ーーー
  

   
「組織開発の探究」HRアワード2019書籍部門・最優秀賞を獲得させていただきました。「よき人材開発は組織開発とともにある」「よき組織開発は人材開発とともにある」・・・組織開発と人材開発の「未来」を学ぶことができます。理論・歴史・思想からはじまり、5社の企業事例まで収録しています。この1冊で「組織開発」がわかります。どうぞご笑覧くださいませ!
   

  
 ーーー
  
9月1日・日本経済新聞の中原の記事「長時間労働の構造にメス」のなかで拙著「残業学」が紹介されました。おかげさまで重版出来6刷、さらに多くの皆様にお読みいただいております。AMAZONの各カテゴリーで1位記録!(会社経営、マネジメント・人材管理・労働問題)。
長時間労働はなぜ起こるのか? 長時間労働をいかに抑制すればいいのか? 大規模調査から、長時間労働の実態や抑制策を明らかにします。大学・大学院の講義調で語りかけられるように書いてありますので、わかりやすいと思います。どうぞご笑覧くださいませ!
  

  
また残業学プロジェクトのスピンアウトツールである「OD-ATRAS」についても、ご紹介しています。職場の見える化をすすめ、現場マネジャーが職場で対話を生み出すためのTipsやツールが満載です。ご笑覧ください。
    

対話とフィードバックを促進するサーベイを用いたソリューション「OD-ATLAS」の詳細はこちら
https://rc.persol-group.co.jp/learning/od-atlas/
   
 ーーー
   
【注目!:中原研究室のLINEを好評運用中です!】
中原研究室のLINEを運用しています。すでに約13000名の方々にご登録いただいております(もう少しで1万人!)。LINEでも、ブログ更新情報、イベント開催情報を通知させていただきます。もしよろしければ、下記のボタンからご登録をお願いいたします!QRコードでも登録できます! LINEをご利用の方は、ぜひご活用くださいませ!
   
友だち追加
  

ブログ一覧に戻る

最新の記事

2024.10.31 08:30/ Jun

早いうちに社会にDiveせよ!:学生を「学問の入口」に立たせるためにはどうするか?

2024.10.23 18:07/ Jun

【御礼】拙著「人材開発・組織開発コンサルティング」が日本の人事部「HRアワード2024」書籍部門 優秀賞を受賞しました!(感謝!)

本当の自分の姿は「静止画」ではなく「動画」じゃなきゃわからない!?

2024.10.14 19:54/ Jun

本当の自分の姿は「静止画」ではなく「動画」じゃなきゃわからない!?

2024.9.28 17:02/ Jun

サーベイを用いた組織開発が「対話」につながらない理由とは何か?:忘れ去られた「今、ここ」の共有!?

2024.9.2 12:20/ Jun

【参加者募集中】研修開発ラボで「研修開発・評価の基礎」をすべて学びませんか?