NAKAHARA-LAB.net

2019.3.14 06:36/ Jun

「成功体験にしがみつく」とは「ロマンティックで絶望的な認知のズレ」である!?

「成功体験にしがみつく」という言葉が、ビジネスでは語られます。
  
 あのひとは、まだ「成功体験にしがみついてる」からダメなんだよ
   
 とか
   
 あいつは、いつまでも「成功体験にしがみついて」生きてるからな
  
 のように・・・「成功体験にしがみつく」はビジネスの領域では、多くの場合、ネガティブワードです。
 というか、それを言われちゃおしまいよ、くらいの破壊力をもつ「イオナズン」や「メラゾーマ」並の呪文のように、僕には思えます。
  
 しかし、これだけ破壊力をもつワードでありながら、よくよく考えてみると「成功体験にしがみつく」とは、より具体的には、いったい、「何」を表現している言葉なのでしょうか。
  
 今日は、朝っぱらから、冷静になって、「成功体験にしがみつく」という言葉を要素分解して考えてみましょう。
 たぶん1円も儲かりません。
 が、こうした知的体操を行っておくと、すこしだけ興味深いことがわかります。
  
   ▼
  
 これから「成功体験にしがみつく」を分解します。
  
 まず前者の「成功体験」から。
 多くの場合、ひとは「成功体験」という「経験」そのものに、しがみつくことはできません。なぜなら、経験は常に、本人やひとびとのあいだを「フロー」して、通り過ぎてしまいます。経験とは「幻影」のようなものです。いつも流れて、それらは忘れ去られ、それを手にもつことは誰もできません。
  
 結局、しがみついている対象物は何か、と申しますと、それは「成功体験」そのものではなく、
  
 本人のなかで「仕事の成功」を遂げたと思われるときに有していた「過去の仕事の信念(やり方を含む)」だったりします。
  
 そして、ここでいう「信念」というものが曲者です。
 それは、あとから検証していきますが、ネガティブにも語られますが、実は、ポジティブにも語られうるからです。
  
  ▼
  
 つぎに「しがみつく」の部分。
 すぐにわかるのは「しがみつく」は「メタファ」であり、それは「前提」「対象」「状態」の3つに下位分解されるということです。
  
 すなわち、
  
 1.前提:今は昔と環境が違うのに・・・
  
 2.対象:「過去の仕事の信念(やり方)」を
  
 3.状態:変えないこと
  
 を、わたしたちは「しがみつく」と形容しているのです。
  
 もう少し踏み込むとすると、こうです。
  
 しがみつくとは・・・
  
 1.どんなに時代が変わろうと、時代の流れにあらがい
  
 2.新たな仕事の信念(やり方)を
  
 3.学び直そうとはしないこと
  
 をのことをいいます。
  
 つまり、しがみつくとは
  
1.過去の時代・環境を、今の時代・環境よりも重視してしまうこと
  
2.変わろうとしないこと=学び直そうとしない
  
 人々の性向のことを形容する言葉です。
  
  ▼
  
 なるほど、ここまで考えてくると、「成功体験にしがみつく」とやや曖昧に語られてきた内容が、かなり鮮明にわかってきます。
  
 「成功体験にしがみつく」とは、
  
1.過去の時代・環境を、今の時代・環境よりも重視してしまう性質であり
  
2.過去に培われた仕事の信念(やり方を含む)にこだわることであり、
  
3.新たな「仕事の信念」を学び直そうとはしないこと
  
 なのです。
  
 じゃあ、この「成功体験にしがみつく」という、誰の目からみても、圧倒的なネガティブな状態を、なぜ、本人は変えること、変化させることができないのでしょうか。
  
 それは、この圧倒的なネガティブな状況が、本人には、「まったく違う見え方」をしているからです。
   
他者にとっては「過去に培われ、しかし、今となっては時代遅れになってしまった仕事の信念(やり方)」は、本人にとっては「時代に依存せずプロ・職人のような仕事をなす人のもつポリシー・仕事論」のように、よりロマンティックに見えている場合があります。
  
 すなわち、「成功体験にしがみついている本人」は、多くの場合、こんな風に思っている
  
1.チャラチャラした時代の流行や、環境変化なんて無視しておけばいい
  
2.わたしは「仕事職人」であり、「過去に培われた仕事のポリシー・仕事論」がある
  
3.だから、職人のわたしは、それを変える必要はないし、学び直す必要も無い
  
 つまり・・・多くの他者においては「ネガティブに語られている状況」が、本人からすれば「ロマンティックなものと知覚されて」語られている。

 つまり、別の言葉でいえば、「他者からの本人の見え方」と「本人からの本人の見え」は「ズレている」ということになるのです。

「成功体験にしがみつく」とは「絶望的な認知のズレ」をいうのです。
  
 ▼
  
 今日は「成功体験にしがみつく」という言葉について、すこしだけ、掘り下げて考えてみました。
  
 あなたの周りには、「成功体験にしがみついているひと」はいませんか?
 あなた自身は、成功体験にしがみついていませんか?
 あなたの周囲には、あなたと他者のあいだに「絶望的な認知のズレ」がありませんか?
  
 そして人生はつづく
  
  ーーー
     
新刊「データから考える教師の働き方入門」(辻和洋・町支大介編著、中原淳監修)好評発売中です。1日の労働時間が約12時間におよぶ、先生方。その働き方を見直し、いかに持続可能な職場をつくりだすのか、を考えます。「サーベイフィードバック方の組織開発を応用した働き方改革」の事例として、教育機関以外の組織でも応用可能です。どうぞご笑覧くださいませ
  

  
  ーーー
  
新刊「残業学」重版出来、5刷決定です!(心より感謝です)。AMAZONの各カテゴリーで1位を記録しました(会社経営、マネジメント・人材管理・労働問題)。長時間労働はなぜ起こるのか? 長時間労働をいかに抑制すればいいのか? 大規模調査から、長時間労働の実態や抑制策を明らかにします。大学・大学院の講義調で語りかけられるように書いてありますので、わかりやすいと思います。どうぞご笑覧くださいませ!
  

  
 ーーー
  
新刊「女性の視点で見直す人材育成」(中原淳・トーマツイノベーション著)が、AMAZONカテゴリー1位「企業革新」「女性と仕事」を記録しました。女性のキャリアや働くことを主題にしつつ、究極的には「誰もが働きやすい職場をつくること」を論じている書籍です。7000名を超える大規模調査からわかった、長くいきいきと働きやすい職場とは何でしょうか? 平易な表現をめざした一般書で、どなたでもお読みいただけます。どうぞご笑覧くださいませ!
  

  
 ーーー
  
新刊「組織開発の探究」発売中、重版4刷決定しました!AMAZONカテゴリー1位「マネジメント・人事管理」を獲得しています。「よき人材開発は組織開発とともにある」「よき組織開発は人材開発とともにある」・・・組織開発と人材開発の「未来」を学ぶことができます。理論・歴史・思想からはじまり、5社の企業事例まで収録しています。この1冊で「組織開発」がわかります。どうぞご笑覧くださいませ!
  

  
 ーーー
   
【注目!:中原研究室のLINEを好評運用中です!】
中原研究室のLINEを運用しています。すでに約11000名の方々にご登録いただいております(もう少しで1万人!)。LINEでも、ブログ更新情報、イベント開催情報を通知させていただきます。もしよろしければ、下記のボタンからご登録をお願いいたします!QRコードでも登録できます! LINEをご利用の方は、ぜひご活用くださいませ!
   
友だち追加
  

ブログ一覧に戻る

最新の記事

2024.12.25 10:57/ Jun

「最近の学生は、昔からみると、変わってきたところはありますか?」という問いが苦手な理由!?

2024.12.8 12:46/ Jun

中原のフィードバックの切れ味など「石包丁レベル」!?:社会のなかで「も」学べ!

なぜ「グダグダなシンポジウム」は安易に生まれてしまうのか?

2024.12.2 08:54/ Jun

なぜ「グダグダなシンポジウム」は安易に生まれてしまうのか?

2024.12.2 08:12/ Jun

【無料カンファレンス・オンライン・参加者募集】AIが「答え」を教えてくれて、デジタルが「当たり前」の時代に、学生に何を教えればいいんだろう?:「AIと教育」の最前線+次期学習教育課程の論点

2024.11.29 08:36/ Jun

大学時代が「二度」あれば!?