2018.3.1 05:54/ Jun
人は「知識」や「経験」を積むと「他人に共感」できなくなるのか?
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先だって、孫大輔先生(東京大学)の新著「対話する医療」を読んでいたら、「共感」に関する、大変面白いご指摘、ご研究が紹介されていました。大変興味深かったので、ここでご紹介させていただきます。
まず、本書において著者である孫先生は、テオドール・リップスによる「共感」の定義を、下記のようにご紹介いたします。
曰く、共感とは
「サーカスの綱渡が、ロープの上を歩くのを見るときに、あたかも自分が、綱渡りしている人の中にいるように感じてしまうこと」
なるほど、わかりやすい。
共感とは、自分が「サーカスの綱渡り」のように、頭上高く張られているロープのうえを動くように感じる、ということですね。
門外漢ながら、僕などは、「共感」というと、ついつい「優しい気持ち」にならなくてはならないのかな? という気になりますが、そういう感覚とは、また違う感覚でとらえることも可能なのですね。
どちらかというと、共同主観、間主観の感覚に近いのかな、と思いましたが、いかがでしょうか?
ところで、とりわけ興味深かったのは、そのあとです。
孫先生は、Hojot, Vergare, Maxwell, Brainard, Herrine, Isenberg, Volosk and Gonnella(2009)年の論文「The devil is in the third year: a longitudinal study of erosion of empathy in medical school.(悪魔は3年にやどる?:医学部における共感の欠乏、その縦断的研究)という論文(Acad Med. 2009 Sep 84(9) pp1182-91)を引用なさり、
アメリカのある大学の医学部では
学生らが3年生に進級し、
知恵や経験をつんでくると、
「他者への共感スコア」が落ちてくること
を論じる研究をご紹介なさいます。
アメリカの医学部は「4年間」で医学を修めるそうです。そして、3年生とは、臨床の知恵や経験をちょうど積み始める頃なのだといいます。そして、そこに論文タイトルどおり「悪魔が宿っている」。
ここでいう悪魔とは「他者への共感が失われる」ということです。つまり、臨床の知恵や経験を積み始めると、患者への「共感力」が後退する、ということを意味しているのだと思います。
個人的には、とても面白い知見だな、と思ったので、さっそく、門外漢ながら取り寄せて読んでみました(アシスタントの司村さん、ありがとう! わたしが論文や書籍を常に読み込めるのは、アシスタントの司村さんのおかげです)
下記にグラフを引用すると、こんな感じでした。
(Cited by Hojot et al(2009) Acad Med. Sep 84(9) pp1187)
ジェファーソン共感尺度という尺度で測定した共感スコアにおいて、たしかに3年生付近のスコアに、大きな落ち込みが見られることがわかります。
人は「知恵」や「経験」を積むと「他人に共感」できなくなるのか?
なかなか深遠なテーマです。
孫先生、知的な興奮をありがとうございます。
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今日は「知識・経験」と「共感」について考えてみました。
ちなみに、この研究には、様々な関連研究も行われており、国によって異なるパターンを見せているようなところもございますので、国や文化をこえて、このようなパターンが見いだせるかは、議論の余地があるようです。現在のところは、あくまでアメリカの、ある医学部での事例研究と考えていくのが妥当かと思います。
しかし、一方、私たちのハダカン(肌感覚)では、
人は、知識や経験を積むと、知識や経験の「色眼鏡」でものを見るようになる
といった傾向も、なきにしもあらずであるような気もします。
とりわけ、いつもムスッとしていて、こちらを見ない医療関係者、患者に触れることなくモニタばかりみている医療関係者もいないわけではないので(ほとんどの方は大変よくしてくださいます)、このことを痛感するのかも知れません。
もちろん、この研究の4年生のスコアが示唆するように(4年生では上昇傾向にありますね)、さらに知識や経験を積んでいけば、だんだんと「教条的なものの見方」や「断定的なものの見方」から解放され、他者を「ありのままに見つめることができるうようになる」というのも、また「真」なのかもしれません。
いずれにしても、現段階では仮説です。
さらなる探究が待たれるところです。
研究って面白いですね。
そして、人って面白い。
そして人生はつづく
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