NAKAHARA-LAB.net

2014.5.22 08:45/ Jun

「痛み」と「問い直し」と「ちゃぶ台バーン」による学習(泣)

「変容的学習」という言葉があります。
 主に、成人教育論の中で流布している学習論で、「意識や価値観の変容」を扱う概念です。
(何をもって一般というのか、これまたビミョーですが、変容的学習という概念は、たとえば一般的な学習科学系の研究群では触れられることは極めて少ないと思います。この領域間の分断は、学問的には、議論すると、これまた面白いテーマなのですが、敢えて、ここでは述べません・・・なんせブログなんで、笑)。
 僕の指導学生の田中聡さん(中原研・M1)が、これに関連する研究をなさろうとしていることもあり、興味深いので、いくつか本や論文を読みかえしてみました。
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 「変容的学習」とは、ワンワードでいってしまえば、「自明となっている価値観や前提が揺らいでしまうような学習」です。その契機になるのは、「方向感覚すら失わせるようなディレンマ」(Mezirow 2010)、ないしは「混乱的ディレンマ」(Mezirow 1994)とよばれるものです。
 より一般的にいうと、「思い出すことすら躊躇われるあの出来事」「今思い出しても、胸が締め付けられる、あの瞬間」という感じになるのでしょうか。
 人は、そうした出来事にぶつかると、それまで物事を解釈していた枠組み(意味パースペクティブ)がゆらぎます。なぜなら、今、遭遇している「圧倒的なディレンマ」が自分の従来の枠組みでは処理することができないからです。
 今、まさにぶち当たっている出来事は、これまでのように、今まで自分がしてきたように、省察(reflection)を通じて「経験を解釈し、経験を意味づけること(Mezirow 1991)」することはできない。
 ならば、それまで自明視していた前提や価値観を問い直し、再構築せざるを得ない。「自明の前提・価値観」、ちゃぶ台バーン!(泣)
 こうしたプロセスこそが、「痛みと問い直しの学習論」こそが、変容的学習に他なりません。もちろん、感じたディレンマを、揺らぎつづける己の価値観を抱き続けることができず、「乗り越えられない場合」もゼロではない。変容的学習とは、それほどリスキーなプロセスです。
(ちなみに、変容的学習は、本当にこのようなプロセスを通して進行するのか、それは実証する研究はまだまだ少なく、この学習プロセスは仮説的であるとも言えます。わずかに本邦では、東大の孫大輔先生のご研究が、まことに興味深い実証的探究を行っておられます。孫先生、その節は、論文をお贈りいただきありがとうございました!)
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 変容的学習の論考を読みながら、ふと、自分自身の半生を振り返ります。
 僕自身にとって「変容的学習」が起こった出来事は、どんなことがあったのかを。
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 あのときは痛かったなぁ・・・
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 ありゃ、修羅場だったなぁ・・・
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 自分の変容的学習の契機の詳細はここでは述べませんが(遺体、じゃなくて、あまりに痛い出来事なので、笑)、すぐに思ったことは、変容的学習を研究するとは、「相当の覚悟」がいるな、ということです。別の言葉を用いるなら、「腹をくくる必要」があります。
 「変容的学習」には他者の「痛み」や「葛藤」や「問い直し」が必然的に含まれます。それは、饒舌に、ニュートラルに語ることはできないストーリーであると思います。変容的学習を研究するとは、そうしたストーリーと向き合うことです。
 他者の痛みと葛藤のストーリーに真摯に付き合い、受け止めることは並大抵のことではないな、と思いました。
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 5月末、今春入学した大学院修士の学生たちは、苦しみ苦しみながら、葛藤に葛藤を重ね、自分のリサーチクエスチョンや仮説を磨いております。
 何度、仮説をつくっても、ちゃぶ台をひっくり返される。何度、研究発表をしても、「で、何? 結局、何がやりたいの?」と言われる。全然OKはしてくれない。調べても調べても、わからなくなる。さしずめ、樹海を彷徨うかのように・・・学生の皆さんには、頭が下がります。お疲れさまです。そのプロセスは、さしずめ「プチ変容的学習」なのかもしれません。
 
 指導学生の田中さんには、「プチ変容的学習」のプロセスを通して、ぜひ「変容的学習」に向き合って頂きたいな、と思います。「強烈な入れ子」ですけれども。
 そして人生は続く

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