NAKAHARA-LAB.net

2013.7.9 07:55/ Jun

下を向いて、一点凝視し、指だけ動かす人々の「筋肉的疎外」

「筋肉を見れば、その人の仕事、生活は、ある程度わかるものです」
 先日、お世話になっている鍼灸師さんが、こんなことをおっしゃっていました。
 曰く、
「特に、ここ数年は、肩胛骨と首の緊張が強い人が増えています。ずっと動かず、座った姿勢を維持して、首だけ下を向けて、目で細かいものを1点凝視し、さらには指を動かす運動。そうですね、オフィスでノートPCに向かっている作業が想像できますね。だいたい、肩胛骨と首の緊張が強い人は、ホワイトカラーのビジネスパーソンです。最近では、その症状に、スマホでの細かいが追い打ちをかけていますね。この動作も、基本的には動きはないのですが、首と目と指だけを動かす作業なのです」
 かつて、演劇実践家のアウグスト・ボアールは、人が企業・組織内で仕事をしていくことによって身体・筋肉に変化が受けることをさして「筋肉的疎外」という概念を提案しました。
 人は、自分がなしている労働に応じて、少しずつ身体が変化し、立ち振る舞いが変わってきます。その仕事、その仕事ごとに強張る筋肉の部位が異なり、獲得されていく立ち振る舞い方は、異なるのです。
 ゆっくりと、だが確実に、ひたひたと、本人のあずかり知らないところで、あなたの身体は「組織化」されていきます。それが「筋肉的疎外」です。
 あなたは、どちらの筋肉が「疎外」されていますか?
 1960年代、おそらくボアールが「筋肉的疎外」の概念を提案したときに、彼の脳裏にあったのは、「激しい動きをともなう、つまりは、実作業をともなうような労働」による筋肉の「疎外」では、なかったか、と妄想します。
 現在のように、オフィスで座ったままで、しかし、決まった動作による動きがないのにもかかわらず、筋肉が「疎外」されてしまう事態を、あまり想定してはいなかったのではないでしょうか。
「現代社会は、マイム芸で、表現しづらくなっている」
 そう口にしたのは、パントマイムの始祖のひとりである、フランスのマルセル・マルソーです。
 本来、マルソーが表現手段とするマイムは、「動き」を戯画化し、表現しなければならないのに、現代社会の労働には「動き」そのものがなくなってきている。だかこそ、現代は、マイムで表現しにくくなっている。先ほどの話と重ね合わせるならば、マルソーの言葉は、このようにも解釈できそうです。
  ▼
 かくいう僕も、首、肩、肩胛骨、腰などに多くの痛みを感じています。時には頭痛がするほどで、そんなときは、何もやる気がしません。原因ははっきりしていて、ノートPCの過剰使用によるものです。
 ストレッチをしたり、泳ぎにいったり、ジムにいったり、ストレッチポールにのったり、スロトレしたり、いろいろして、何とかかんとか、騙し騙し暮らしていますが、まぁ、困ったものです。
 でも、仕事や執筆を放り出すわけにもいかないので、まぁ、よいつきあい方をしなくてはならないな、と感じています。皆さんは、いかがでしょうか。
 そして人生は続く。
 —
追伸.
 今週の日経ビジネスには、三週にわたって続いた連載の最終会です。藤原和博さんと中原で「内省を生み出す人間関係」について論じあっています。もしよろしければ、どうぞご笑覧ください。藤原さん、編集にあたってくださった日経の中野目さん、構成・ライティングをいただいた秋山さん、ありがとうございました。
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