2012.12.13 16:14/ Jun
経営学習研究所を立ち上げ、ここを母体に、様々な「人事・人材開発に関係するイベント」を、社会で行うようになってから、半年以上がたとうとしています。
経営学習研究所(MAnagement Learning Laboratory : MALL)
http://mallweb.jp/
どちらかというと「ドンブリ感情」、失礼、「どんぶり勘定」万歳!的で、お金のことにはトント弱い小生ですが、一応、これでも、経営学習研究所の「なんちゃって代表理事」ですので(笑・・・ほんとうにこんな僕でいいのか疑問!)、さすがに「経営」っぽい視点で物事を考えるようになりました。
それは、確かに僕にとっては、貴重な学習機会になっています。「経営とは何か」「キャッシュフローとは何か?」「PDCAをまわすとは何か?」「組織学習とは何か?」を、すべて、次々と勃発する「具体的なデキゴトレベル」で、身をもって感じるきっかけになっていいます(笑)。だって、ひとつ間違えば、支払いできなくなるんだもん。悪いけど、ガチです。
その中でも、まぁま、頭が痛く、つくづく思い知らされることが「学習とコストの問題」です。今日は、その話を少しいたしましょう。
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先日も申し上げましたが、経営学習研究所は、非営利の一般社団法人であり、利益をあげたとしても、誰かが得するわけでは1ミリもありません。
ひとつのイベントで利益があがったとしても、それは、すぐに投資に回されます。
ひとつのイベントであがった利益は「前衛的で全く利益すらあがらない、ど赤な、イノベィティブな最先端プロジェクト」に利益が投資されるだけで、そういう意味では、「儲かることができない」構造になっています。
しかし、わたしたちは、積極的にリスクをとって「人事・人材開発の世界で、新しいことを為しつづける」ためであれば、それでよいと思っています。
しかしながら、くどいようですが、「前衛的で全く利益すらあがらない、ど赤な、イノベィティブな最先端プロジェクト(こうかくと、)」を為すためには、どうしても、一時的に「利益」を生まなければならないのです。
そして「利益」を出すためには、いったい、何をすればいいのか。経営学習研究所が得意とする「学びの場の創造」という観点からすると、づいう学びの場をつくれば、利益があがるのか。
実は、非常に単純で、簡単で、誰にでもできる方法があります。それは、みなさん、何だと思いますか?
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それはね
「大人数一斉講義を、ガンガンすること」
です。
なんじゃ、そら!とお思いになったかたもいらっしゃるかもしれませんが、本当のことなのだから、しかたがありません。
経営学習研究所のイベントでは、さすがに「大人数一斉講義」は行いませんが、いろいろなイベント運営のあり方を経験して、「大人数一斉講義」という形式が、ものすごく「利益率が高い学習手法」であることを、深く学びました。
大人数の方に対して同じコンテンツを同時配信でき、かつ、個別のケアを必要としません。部屋も大きな部屋をドカーンと借りればよいだけです。教材もたかだか印刷物くらいです。また一斉授業なので、講師一人で行うなら、打ち合わせもたいした必要ありません。時間的コストも非常に低くなります。
それをもって「(少人数授業と同じように)学習させた」とみなしてくれるのなら、大人数の方が、少人数よりコストは圧倒的に低く、利益は高くなります。
(学習者は決して学べてはいなくても、”情報伝達したこと”をもって”学んだ”とみなしうる権力が存在しうるのなら、上記は可能です)
まぁ、よく知られているように「一斉授業」というのは、産業革命期のイギリスで発明された「発明品」です。それは太古の昔から、人類に存在していたものではありません。
一斉講義は、産業革命のまっただ中において、大量に必要になった工場労働者たちに、安価に知識を届け、労働力化するための手法として開発されたものでした。だから、「利益率が高い」というのは、アタリマエのことといえば、あたりまえです。
反面・・・・反対に「利益を生み出したい」のなら、「絶対にやってはいけない方法」があります。それは「ワークショップ」などの、少人数規模の学習形式で、ファシリテータやT.Aなどをたくさん必要とする学習手法です(経営学習研究所のプロジェクトの多くはこちらに属します)。
少人数が対象ですので、部屋も人もたくさん必要になり、かつ、材料費やら何やらいれていくと、もっとも利益がでません。
少人数になればなるほど、また個別のケアを多く行い、活動を魅力的にしていけばいくほど、コストがかさみます。多くの方々が集まるのなら、打ち合わせコストもバカにはなりません。
こうしたことを積み重ねていくと、少人数形式は、利益はほとんど出ず、採算もトントンに近くなっていきます。
これらのことは、このブログを読んでいる「学び業界?」の方々には、「あたりまえ」のように感じられるかもしれません。僕も、研究者として、これらのことは、頭ではわかっていたつもりでした。
しかし、自分たちが、実際に様々な学習機会を創造し、その原価計算をしていくと、頭ではわかっていたことが、実感知として再確認できました。なるほどね、、、と。
そして、同時に、こうも思いました。「コスト」のことを度外視して、「理想的な学習手法」を論じることは、どうも「片手おちの議論」を積み重ねることになる、と。
「理想的な学習手法」を片方の頭で考えていく上で、もう片方では、常にコストや実現可能性のことを視野にいれておかなければならないのだな、と。
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誤解を避けるために言っておきますが、今日は、利益率の高い学習手法として大人数一斉講義を紹介しましたけれども、僕は、「これからは、少人数の学習機会を避けて、大人数一斉講義をしよう!」と言いたいわけでは全くありません。あのね、そこんとこ、間違えないでね。タイトルだけ読んで早とちりする人、最近増えていますので(笑)。
むしろ言いたいことは逆です。考えておかなければならないことは、少人数の学習効果の高い学習機会を創造するときには、かなり意識的にコストのことを考えなければならない、ということです。
また、同時に、こうも思います。
世に、「大人数一斉講義」がいまだに支配的なのは、「コストを下げて、利益をだしたい欲望」と経営側の事情とセットなのだな、と。
これを考える上で、すこし関連があり、かつ印象深い経験を、先日しました。
先日、ふとしたことから、複数のの大学教員の方々と、ある話題で盛り上がったのですね。
その話題とは、自分の大学で行われている最大の「大人数一斉講義」は、どのくらいの人数を対象にしているか?ということです。ここで集まられた方は、大学教育のあり方に真摯に問題を感じておられる方々で、かつ、様々な実践をなさっている方です。このときは、やや自嘲的に、この話題に参加しておられました。
さて、このときの、話題に出た、大人数一斉講義の最大収容人数は何人だったと思いますか?
大人数一斉講義の最大キャパシティとはどのくらい?
みなさん、予想してみてください。
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答えは1000名です。
さすがに、どこの学校とは言いませんが(笑)そういう授業が、ゴロゴロしているのだそうです。
なんという利益率!
本当に1000名を対象にした授業が、講師ひとりで成立するのかどうか、僕には(少なくとも僕は無理)、はなはだ疑問ですが、たとえば、1000名を対象にしたこの講義と30名くらいを対象にしたゼミナール形式の授業があった場合、同じ2単位取得の教育機会で、いかに前者がコストが低く、利益率が高いかがわかるでしょう。
学生の皆さんは、自分の教育機関の「大人数一斉授業の数や割合」をぜひカウントしてみてください。そうすれば、いくら美辞麗句を並べていても、その背後に何が蠢いているかはわかるのではないでしょうか。
( 1000名の大規模一斉授業は、リアルの対面状況下における数字です。さらに、思考をすすめ、オンラインなら、どういう人数になりますか? 原理的には、おそらく無限大まで人数は増えていくのではないか、と思います)
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話がすこしそれました。しかし、今日、皆さんとお話ししたかったことは、以前にもお話ししたことです。
「学ぶ側」においても
「学びを提供する側」においても
「学びに付随するコスト」は
意識にのぼりずらく、ときおり「度外視」される
「学び」と「コスト」 : ソリがあわず、意識にのぼらず、語られないもの
http://www.nakahara-lab.net/blog/2012/11/post_1900.html
そして
「学び」を考えるときには、そこに駆動する「コスト」の問題を見ないわけにはいかない
ということです。
経営学習研究所の(のっぴきならない?)経営状況は、もうしばらく続くとは思いますが、そんなことを学びながら、日々、面白いことを為すために、邁進しています。
たとえ、コストが高くても、実験的で、前衛的で、イノベィティブなことを為し、同時に、それらの実現可能性を高めていくことが、わたしたちのやりたいことです。
そして僕らの旅は続く・・・。
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