2012.9.6 09:56/ Jun
日本には、どうやら「OJT信仰」というものがあるようです。「手放しのOJT礼賛」といってもいいかもしれません。
OJTの「よいところ」ばかりが注目され、「結局、経験なんだよ、経験」といった具合に、ある種の「経験主義」「現場主義」と絡み合いながら、その学習効果が「ロマンティシズム」をもって語られる。
その反面、OJTの悪いところ、制約、脆弱性、そして成立条件などのシビアな側面が、あまり着目されないのです。
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僕は何も「OJTがパワフルではない」と言いたいわけではありません。
むしろ、仕事で本当に必要なことは「現場における仕事経験の中から学ばれる」のだろうな、と思います。奏功した場合のOJTの学習効果は「パワフル」だとも思います。
僕は「職場学習論」という本の著者です。「職場における人々の相互作用が学習にとっては大切だ」という主張をし続けてきた僕が、OJTの学習効果を低く見積もることが、あるわけがありません。
しかし、同時に思うのです。OJTはパワフルでありながらも、様々な制約・脆弱性や、機能するための諸条件を持ち合わせている。そのことに目配りや配慮をしておいたほうがいいように思う、ということですね。
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それでは、OJTの脆弱性とは何か? ここではOJTを「上司 – 部下間の垂直的な関係において、上司から提供される教育・助言」と位置づけて、整理をしてきましょう。
敢えて少し狭い定義でお話しをしますが、OJTは人によって思い浮かべるところが異なります。ここでは、敢えて論点をクリアにするために、OJTを上記のように定義します。あしからずご了承下さい。
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OJTの脆弱性として、まず第一にあげられるのは、OJTの学習効果は「師」に依存する、ということです。
OJTは「師 – 部下間」において行われるため、外部から第三者が介入を行うことは難しいといわざるをえません。
師の思うところによって、そして、師の考えにしたがって、教育が行われます。その学習効果、教育のクオリティは、「師のあり方」に大きく依存します。
そして、部下は多くの場合、師を選ぶことはできません。そこに選択可能性はないのです。
「うーん、うちの上司のアドバイス、全くイケてないんで、替えてくれません?」
とは、死んでも言えるわけありません(笑)。
部下にとって、OJTを通して学ぶことができるかどうかは、もちろん本人の努力、やる気の問題もありますが、はっきりいって「運」です。誰に当たるかによって、その学習効果は大きく異なります。
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OJTの脆弱性の第二のポイントは、「師の能力を超えることは、学べない」ということです。もっと具体的にいうと「師のわからないこと」「師の知らないこと」は、OJTにおいて学ぶことはできません。
OJTとは、「師の知識・経験がなかなか色褪せてしまわないような安定的な領域」に向いている教育のあり方です。
師や部下の存立している場所が、「不確実性の高い領域」であったりする場合 – すなわち、上司にとっても「わからないこと」「知らないこと」が生まれやすい知識流動性の高い場所においては、OJTはあまり向いていません(そういう場所では、上司と部下がともに考えるという協調的な学習が必要です)。
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OJTの第三の脆弱性は、多くの場合、学習の起こるタイミングが「偶然」に依存する、ということです。
部下が何かのミスをする。そうした「偶発的な教育的瞬間」に、上司と部下がともに居合わせ、さらには上司が適切なフィードバックを行ったときに、OJTが奏功します。
ということは、OJTが奏功するための条件としては、「上司と部下がともにいる時間が長い」ということになります。
伝統工芸の師弟関係を見ればわかるように、ともすれば生活時間をもともにするような「長時間」の人間関係が、OJTの奏功する条件です。
さらには上司が「模倣威光を放っている、ロールモデル」として機能すると、なおよいと思います。上司が「いつかはあんな風になりたい」と思える存在であることが、長期間に及ぶ、偶発的な学習のモティベーションとして機能します。
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そして、第四のポイント、OJTの最大の脆弱性は、OJTはともすれば「単なる労働」に変わり果てる、ということです。本来OJTは、「Learningful work(学びに満ちた仕事)」であるはずなのに、いつのまにか「Learningless job(学びもクソもへったくりもない、単なる労働)」になってしまう、ということです。
意図せず、意識せず、それは進行します。特に、「職場の多忙感が高い場合」や、「業績へのプレッシャーが高い場合」、また「OJTに対する上司の理解や認識がナノレベルである場合」に、起こる可能性が高くなります。
最悪の場合、職場には「OJTという名の”単純労働”」「OJTという名の”下請け労働”」が、横行します。部下が、「上司の尻ぬぐい」をするというかたちになるのです。
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以上、今日はOJTについてお話しをしてきました。敢えてネガティブなことをお話ししましたが、くどいようですが、「OJTはパワフルです」。しかし、それには様々な存立の諸条件が存在するように、僕は思います。
今、私たちに必要なことは「OJT信仰」や「手放しのOJT礼賛」を超えて、冷静に、その脆弱性や存立条件を見つめること。その上で、自社の人材育成システムを考えていく必要があると思います。
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