2010.5.28 06:37/ Jun
最近の企業人材育成の言説では、「経験のデザイン」という言葉が、よく語られるようになりました。
「経験からリーダーシップを学ぶ」「経験を通して業務能力を向上させる」など、数年前から企業人材育成の領域は、「経験学習モデル」を下敷きにした育成手法が注目されており、そうした言説を背景にして、この言葉が使われ始めています。
ともかく、要するに、ざっくりいいますと、
人間を成長させるには、「一皮むけるような経験」「決して易しくはないハードルの高い仕事」を割り当てて、きちんと他者からのフィードバックを与え、内省させるとよいのだよ
ということだと思います。
企業人材育成の言説においては、「人間を成長をうながすための、課題・仕事の割り振りや配列の組織化・構造化」のことを「経験のデザイン」と呼ばれていることが多いと思います。簡単にいうと、「成長をうながすための仕事をふること」です。
▼
ちなみに、この言葉、企業人材育成では、最近になって語られるようになりましたが、僕がはじめて耳にしたのは、それこそ今から15年も前でしょうか。おそらく出自は、情報デザインやデザイン教育などの研究分野です。
SE7EN DESIGN:情報デザインと経験デザイン
http://www.respect-design.net/blog/?p=232
上平 崇仁先生の解説
http://www.adobe-education.com/vanguards/interview03.html
今から15年ほど前、多摩美術大学の須永剛司先生らが中心になって、従来のグラフィックデザインやプロダクトデザインにかわるデザインとして、「経験のデザイン」や「情報のデザイン」ということが主張されていた、と記憶しています。
「プロダクト」や「グラフィック」というものだけでなく、これからのデザインとは「ユーザーの行動や経験」をデザインすることが重要かもしれない。そのための方法論などが探求されていた、と思います。
閑話休題
▼
さて、話をもとに戻しますと、企業人材育成で「経験のデザイン」という事が主張されるようになって、おおかた、リーダーシップ開発などの分野では、それに注目が集まってきているように感じますが、これを「インプリメンテーション(実際に実行にうつすため)」ためには、今一度、この概念を細かく考え直す必要があるように、僕は感じます。
経験のデザインって重要だよねー
という事は、誰しも納得するのですが、それがいったいどういうことを意味するのか、ということに関しては、あまり考えられていない気がするのです。
これを考えるためのひとつのヒントは、「経験のデザインとは、誰がデザインするものなのか」を考えることが重要ではないか、と思います。
結論から申し上げますと、
「経験のデザイン」というコンセプトは、様々な担い手によって、様々なレベル感をもった学習支援が可能ではないか、と思います。
逆にいうと、各組織において、「経験のデザイン」を実行にうつすときには、実際に、「誰」が、「何」をなすことを「経験のデザイン」とよぶのか、を、それぞれの組織ごとに考える必要がある、ということです。
▼
「経験のデザイン」の主なステークホルダーは、下記でしょう。
1.本人による経験のデザイン
2.ラインマネジャーによる経験のデザイン
3.HRによる経験のデザイン(支援)
4.経営者による経験のデザイン(支援)
最もわかりやすいのは、「1.本人による経験のデザイン」でしょうか。
会社は義務教育ではないので、大人である本人の成長のドライバーは、やはり「本人」です。
どこかの会社の「社是」ではありませんが、「自ら機会をつくり、自らを成長させること」、言葉を換えるならば、「自ら経験をデザインし、自らを成長を促すこと」は、多くのビジネスパーソンにとって重要だと思います。
「2.ラインマネジャーによる経験のデザイン」も理解しやすいですね。
先ほど述べましたように、経験学習とは、「ストレッチ課題をフィードバックのもとになしとげ、内省をなすこと」です。そうであるならば、マネジャーが「部下の成長をうながすような仕事課題=できるかもしれないし、できないかもしれないような仕事」を部下に任せて、フィードバックをなすことが、このレベルでの「経験のデザイン」ということになるのかもしれません。
それでは「3.HRによる経験のデザイン」ということにどうでしょうか。他の言葉を用いますと、「HRは、自社社員の経験学習をうながすため」に何ができるでしょうか。これは、様々な答えがありそうです。
もっとも想像がつくのは、ジョブローテーションです。人事がなす「異動」を、経験のデザインというコンセプトで、戦略的かつ意図的になすことができれば、本人の成長にとってはプラスになるでしょう。
また、間接的であるかもしれませんが、「経験のデザイン」をなすラインマネジャーを支援するということも重要だと思います。
まずは「経験のデザイン」というコンセプトをマネジャーや職場の上位者に理解してもらう機会をもつことが一番かもしれません。具体的には、研修などのデリバリーを通して、この理解を深めることでしょうか。
次にマネジャーがしっかりと部下育成に取り組めるように、彼らの負荷を軽減したり、様々なツール群を準備することも、そのひとつかもしれませんね。このあたり、何をどこまでやるべきかは、ぜひ、実務を担当なさっている方々のご意見をお聞きしたいところです。
最後に、「4.経営者による経験のデザイン(支援)」とは何でしょうか。僕は、経営者も重要な「経験のデザイン」の担い手であると思っています。たとえば、経営者にしかできないような抜擢人事などはその典型です。
ちょっと変わったところでは、DeNAの南場社長のマネジメントには「エース級を職場から引き抜く」というのがあるそうですね。昨日、日経さんの取材で、酒井さんからお聞きしました。つまり、職場のエース級を引き抜くことで、その下にいる人たちは、その穴を埋めるためにストレッチをせざるをえないということですね。これは、おそらくフィードバックとセットだと思うのですが、面白い育成手法ですね。
そして、経営者がなす最大の経験のデザイン(支援)は、実は、「経営者自身が挑戦し、他者からのフィードバックをうけ、学んでいることを、社員に魅せること」ではないか、と思います。そうした様子を観察学習してもらうことが、最大の支援ではないか、と僕は思います。
▼
今日は、朝っぱらから、つらつらつらと、「経験のデザイン」について語ってきました。一言で今日の記事を述べるのであれば、「経験のデザインとは、誰が何をなすべきか、もう少しブレークダウンして考えていきたいですね」ということです。
けだし、学習研究者にとって「経験」とは、あまりに「所与」の概念です。
なぜなら「学習」の一般の定義とは、「経験により比較的永続的な行動変化がもたらされること」(中島 1999)だからです。定義自体に「経験」という言葉が内包されているわけですね。
要するに、
「学習することって、経験だよねー」
というのは「まー、そうだよね」と感じます。
そして、「それはそうなのはわかるけど、で、そこから何をするの?」ということがとても気になる、ということですね。
▼
経験学習、あるいは、経験のデザインという概念が、企業人材育成の領域にもたらしたインパクトは、非常に大きいものがありました。また、その理論や言説の重要性は、失われることはないでしょう。
しかし、そろそろ、この言葉を「コンセプト」から「アジェンダ」にするべき時が、きているような気がします。
—
■2010年5月27日 中原のTwitterでの発言
Powered by twtr2src.
最新の記事