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2010.4.19 07:12/ Jun

看護経験を振り返ることの意味:書評「看護リフレクション入門」

 東めぐみ編著「看護リフレクション入門」を読んだ。著者の東さんは、駿河日本大学病院看護部 教育担当責任者の看護師さんである。

 著書では、まず、看護における「リフレクション」の意味を、理論的に位置づける。
「リフレクション」とは「経験によって引き起こされた気にかかる問題に対する内的な吟味、および探求の過程であり、自己に対する意味づけを行ったり、意味を明らかにするためのものであり、結果として概念的な見方に変化をもたらすもの」である(田村・津田 2008)。看護師は、日々の実践・経験を「リフレクション」し、その意味を確認することで、看護の質を向上させることができる。
 リフレクションは、下記のプロセスから成立する(Gibbs flameworkを筆者が一部改)。
1) 記述・描写(Description : 何が起こったのか?)
 【リフレクションしたい内容を語る】
 ・その出来事はどこで起こったのか?
 ・自分はなぜそこに居合わせ何をしていたのか?
 ・自分以外に誰がそこにいたのか? その人は何をしていたか?
 ・その出来事では、何が起こったのか?
 ・結果、何が起こったのか?
2) 感覚(Feeling : 何を考え、何を感じたのか?)
 【自分自身に問いかける】
 ・その出来事で、自分はどういう気持ちで何を考えていたか?
 ・何が自分をそのような気持ち・考えにさせたのか?
 ・他者の言葉や行動がどのように関係しているか?
 ・その出来事の成り行きによって、自分の気持ちや考え
  はどのように変化したか?
 ・今はどのような気持ちや考えになっているのか?
3) 評価(Evaluation : この経験の何がよくて何が悪かったのか?)
 【評価】
 ・何がよくて、何がよくなかったのか?
 ・そこで起こった価値や重要性は何か?
4) 分析(Analysis : この状況から意図されるものは何か?)
 【わかったことをまとめる】
 ・状況がよくするために他者が何を行ったか?
 ・状況がよくなかったときは何をするべきであったか?
 ・自分や他者は何に貢献できたのか?
 ・そもそもなぜこのような状況が起こったか?
5) 総合(Conclusion : 他に何ができたのか?)
 【わかったことを総合する】
 ・探求をとおして自分自身に何ができたのか?
 ・自己のどのような成長につながったのか?
 ・他者の行動にどのような影響を与えたのか?
6) 行動計画(もし、また、それが起こったらどうするか?)
 【未来を構想する】
 ・再び同じような状況になったとき、自分はどうするか?
 このようなリフレクションのプロセスをとおして、
 1) 学習ニーズを明確にしていく
 2) 人としての個人的成長につながる
 3) 専門家としての成長につながる
 4) 習慣的な行為から脱却する
 5) 自分自身の行動に気づく
 6) 観察に基づく判断から理論を構築していくことができる
 7) 不確実性の多い事柄を解決したり、決定することができる
 8) 個人としての自己をエンパワメントしたり解放することができる
 などの効果が得られるのだという(田村・津田 2008)。
 後半では、11のケーススタディをとおして、看護師のリフレクションの実際を伝える。
 乳がんによる外傷を抱えてしまった患者にどのように対応するか。糖尿病にかかってしまった若者に、どのようにして、生活行動を管理させればよいのか。脳腫瘍による苦しむ男性の最期をめぐって、どのように家族間の意見調整を行うのか・・・などなど、実際に「病棟」で起こりうるストーリー、看護師さんが仕事の中で出会ってしまう患者たちのアクチャルな現実をもとに、「看護師のリフレクション」が、いったい、どのようなプロセスをとおしてなされるべきかを伝えている。
 ▼
 僕は「看護」は全くの門外漢だけれど、本書の魅力は「実践的な事例に基づいて、リフレクションの実際を伝えていること」であると思う。自分だったらどのように対応するのか、を考えながら読むことができた。いつか僕自身も、ビジネスの文脈で、こういう本を書いてみたいな、と感じた。
「看護」と「リフレクション」に関しては、これまで日本語で読める著書として(論文はたくさんある)、Burns and Bulmanらの「看護における反省的実践–専門的プラクティショナーの成長」があったと記憶している。こちらは理論的な内容だから、本書と重ね合わせて読むとよむと理解が深まるのではないか、と思う。もしよろしければ、手前味噌ながら拙著も、どうぞ。
 
 そして人生は続く。
 —
追伸1.
 5月20日:酒井穣さんをお招きするLearning barは、満員御礼につき、募集を締め切りました。ご応募いただいた皆さま、ありがとうございました。宿題本当にお疲れ様でした。本郷キャンパスでお会いしましょう!
次回のLearning bar

http://www.nakahara-lab.net/blog/2010/04/520_learning_bar.html
 —
追伸2.
 夜な夜な「ハーバード白熱教室」を見ています。ハーバードで最も人気を誇る政治哲学のマイケル・サンデル教授の授業です。
 授業は、誰もが頭を抱えてしまうような「トレードオフのストーリー」を受講生に提示することからはじめます。その上で、「もしあなたがその場にいたらどうするのか?」という「問いかけ」を行い、受講生を「ゆさぶる」のです。その上で、「公正とは何か?」について哲学的な議論を行う、というスタイルです。自分の授業のあり方を反省させられました。
 この番組、NHKオンデマンドでも見ることができますが、4月23日(金)深夜1:15~第1回。4月24日(土)深夜1:05~第2回、第3回に再放送が決まったそうです。もしよろしければぜひ。
ハーバード白熱教室
http://www.nhk.or.jp/harvard/
英語はこちらで見ることができます
http://www.justiceharvard.org/
哲学は、わたしたちを私たちがすでに知っていることに直面させ、わたしたちに教え、かつ、動揺させる学問である。
(中略)
哲学は、わたしたちを慣れ親しんだものから引き離す。新しい情報をもたらすことによってではなく、新しいものの見方を喚起することによって引き離す。慣れ親しんだものが見慣れないものに変わってしまえば、それは二度と同じものにはなりえない。
(中略)
哲学とは、人を社会から距離をおかせ、衰弱させるような活動だ。ゴルギアス(対話の中)で、ソクラテスの友人のひとりカリクレスは、彼に哲学をしないように説得した。人生のしかるべきときに、節度をもって哲学を学ぶなら、哲学はかわいいおもちゃだ。しかし、節度をもたずに、哲学を学ぶなら、破滅する。
(Sandel, M.)
 学問とは喜びであり、気づきである。
 そして、それゆえに、学問とはリスクである!

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