NAKAHARA-LAB.net

2008.11.21 08:59/ Jun

最近、時に感じること

 今、僕は「働く大人の学びと成長」という研究テーマを掲げて研究活動をしている。
 この領域は、学問的にいうと、「経営学」と「教育学」の、ちょうど中間にあるような研究領域である。
 両方の研究者が智慧やデータを出し合い、時に協働し、時に切磋琢磨しながら研究を進めて行けたら最高だよな、僕は個人的に思っている。経営学や教育学だけじゃなく、心理学でも、社会学でも、政治学でもよい。多くのディシプリンをもった研究者が増えてくれば、もっと面白いことが起こりそうな気がする。
 少なくとも自分としては、そういう動き方をしたい、と日々思っている。
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 ところで「経営学」と「教育学」は、ともにディシプリンをもたない研究領域である、という点で非常に似ているところもある。
 しかし、様々な言説を目にするにつれ、「この点においては全く違うよなー」と考えてしまうところもある。「経営学」と「教育学」の差異として最も端的なのは、「公というものに対する感覚」ではないか、と最近思う。
 教育学では、究極までつきつめていくと、下記のような問いについて答えることが求められる(と僕は感じている)。
「教育を通して、どのような社会を実現するのか」
「教育を通して、どうやって公(公共性)を支えるのか」
「少しでも多くの人々が幸せに暮らせる、教育のあり方とは何か」
 教育学にも分野によっていろいろあるけれど(研究者の数ほど教育学はある、、、だから一般論はない)、少なくとも僕が魅了される教育の言説では、ある特定の主張の背後に、上記のような問いに対する「ぼんやりとした答え」が提示されていることが多い。
 つまり、一言でいってしまうと、(僕が魅了される)教育学の言説は、最後の最後は「社会や公の未来」を朧気ながら描く傾向がある。
 そのことは、教育研究がある種のパターナリズムに陥りやすいこと、批判精神が欠如しやすいこと、言説が運動に転化しやすいという意味において、ある種のヴァルネラビリティを、研究内部に抱え込む。
 しかし、そういう傾向が、やはり、僕が魅了される教育学にはある、と思う(そうでない研究が悪いといっているわけではない、、僕個人の好き好みの問題である)。
 データや理論に基づいたオープンで批判的議論がなされることを前提とすれば、それでいいと、僕自身は思っている。
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 でも、それに対して、「どうも経営学は違うのではないかな」という感覚をもっている。経営学と十把一絡げにしてしまうのは、広すぎるかもしれない。むしろ、「経営学」というよりも、「企業人材育成の言説」と「教育学の言説」の違いといえるかもしれない。
 その言説の単位は、あくまで「会社・組織」であり、それを超えて「社会や公を描く」という発想はあまり見られないような気がする。
 もちろん、「個人がいかに幸せになるか」という立ち位置から – つまりは「働くみんなの立ち位置」から、会社やそのマネジメントのあり方を議論している方々もおり、僕はことさら、そういう言説に魅了される。そういう研究は「社会や公を描く」ということには比較的近いとは思う。
 でも、教育学ほど、言説の果てに「社会」や「公」が透けて見えることは、ない。
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 もちろん、それが「いい悪い」と言いたいわけでは断じてない。学問の目的や特性、研究方法論が違うのだから、それはアタリマエのことである。その優劣を論じたりする意図は、全くない。
 僕が言いたいのは、そういうことではない。そうではなく、僕個人が、この領域で仕事をするとき、他ならぬ自分自身が、時に悩んでしまう、ということである。
 僕はやっぱり「教育の人」である。
 研究をしていると、どこかで下記のような問いが、脳裏に浮かんでしまう。
 
 結局、僕は、自分の研究を通して、どういう社会や公のあり方を主張しようと思っているのか? そうした社会では、働く人々は、どのような学びや成長を実現できるのか?
 企業・組織人材育成の研究を通して、最後には、自分なりに、どのような「社会のあり方」を描こうとするのか?
「ややこしい問いだな」と我ながら思う反面、どうしても、脳裏に浮かんでくるんだから、仕方がない。くだらないことをピーピー言うんじゃない、と怒られそうな気もするけれど、どうも、最近、そのことが気になる。
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 結局、今日も悶々としながら、時に考え、時にやり過ごしながら、研究を進める。
 いつか、いつの日か、自分なりの答えをだしたい(大言壮語、世迷いごとと後ろ指指されるかもしれないけど)と願いながら、今日も満員電車に揺られる。
 —
追伸.
 昨日の、腹に落ちた言葉。
 イノベータは破壊しながら、創造するんです。
 「後ろから刺されないイノベータ」なんて、イノベータではないですよ。

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