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2008.11.20 10:43/ Jun

「IDEO デザインシンキング」HBRを読んだ!:デザインと学習研究

 ハーバードビジネスレビュー 12月号に掲載された「IDEO : デザインシンキング」(ティム=ブラウン著)という記事を、非常に興味深く読みました。おもろいねー。
 デザインシンキングとは、
「人々が生活の中で、何を欲し、何を必要とするか」「製造、包装、マーケティング、販売、アフターサービスの方法について、人々が何を好み、何を嫌うのか」 – この2項目について、直接観察し、徹底的に理解し、それによってイノベーションに活力を与えることである。
(同書より引用)
 うーん、わかったようなわからないような(笑)。
 僕の言葉でいえば、要するに、デザイン思考とは
1.デザイナーを含む、複数人の人々がチームとなって
2.イノベーションや変革をおこしたい現場を直接観察し
3.現場で起こっていることを理解した上で
4.ブレストを行ったり、プロトタイピングを
  行ったりしつつ、考えをかたちにして検証して
5.イノベーションを促進すること
 である、と(あくまで僕の理解)。
 一般に、デザイン思考は、下記のプロセスをとるようです(あくまで僕の理解ですので、間違っている可能性大)。
 —
0.集合
 まず、様々な専門家が集まって、チームを組んで、今後のプロセスを実施する。
1.観察モード
 世の中を見つめる。人々の行動様式、思考様式などを観察する。場合によっては、エクストリームユーザーを注目する。 要するに、エスノグラフィックな手法を用い、人々の観察を通して、新たなものの見方をえるための情報を収集する。
2.理解モード
 現場で見たもの、聞いたことをチームのメンバーが体験共有する。その上で、現場で起こっている出来事を理解する。意見をかわし、ストーリーテリングする。
3.発想モード
 ブレインストーミングを行う。新たなものの見方、発想を生み出す。
4.表現モード
 でてきたアイデアをかたちにする(プロトタイピング)。アイデアは表現する。場合によっては内部テストなどを行う。
5.実現モード
 開発する。
 うわさや評判などをマネジメントするなど、いわゆるマーケティングも実施する。
 このようなプロセスで、IDEOでは、商品開発から、はてには組織変革まで、手がけているようです。
 日本では、先日、中原研究室にいらっしゃった、博報堂の田村大さんが第一人者として推進なさっています。
 —
 
 デザイン思考がでてくる背景には、いわゆる統計を使ったマーケティングに対するアンチテーゼと、いわゆる一般的原則や手続きををあてはめて現場を変革しようとするコンサルティングへのアンチテーゼがあるんでしょうね。
「何が欲しいですか」って、ふつーの人に聞いて統計ソフトで分析しても、イノベーションは生まれないんじゃないの?
一般的な原則や手続きを、どの現場にも適用して、変革を導こうなんて、大手の戦略系コンサルは安易なんじゃないの?
 といった感じでしょう、
 おそらく、書いてないけど(笑)。
 一部は書いてあったかな。
 —
 ちなみに、こうしたアイデアは、人文社会科学の研究領域では、これまでにもいくつか提出されています。
 もっとも関連が深いと思われるのは、ユーリア=エングストロームらの提唱した活動理論だと思います。
 専門家に聞かれたら、便所スリッパで後頭部をぶったたかれそうな気もするけれど、要するに
 活動理論とは
 人間の活動を、社会・文化的に構成されたものとして理解する
 という理論ですね。
 もっとテクニカリーに、かつ、具体的にいうと、
 人間の活動の成立を「主体」「対象」「道具」「コミュニティ」「ルール」「分業」という6つの要素から構成されたものとして、見る。
engstrom_sankaku.jpg
 それらの構成要素には、それぞれ歴史を引きずっていて、時に、お互いに「コンフリクト」がおこる。
 で、「コンフリクト」がおこったとき、システム全体が不安定になって、「変革」の可能性がでてくる。
 システム全体が見直され、構成要素、あるいは、活動自体が見直され、変革をとげること、これを「学習活動」とよぶ。
 だからこそ、学習活動とは「破壊的」でもあり、「創造的」でもある。ちょうど、哲学者のジャック=デリダがいう「脱構築」と同じように。
 ちなみに、活動理論では、研究者はシステム内部にいる実践者とともに「システムを変革する人」として位置づけられている。
 論理実証主義のように、研究者はシステムの外側で、システム内部に起こっていることを観察する、という立ち位置にはたってはいられない。
 活動理論は、社会構成主義の系譜に位置付く理論であり、活動システムの変革は、研究者と実践者が協同的実践として実施するものである。
 システム要素のコンフリクトを観察し、研究者と実践者がともにアイデアをだしあいながら、システムの改善や変革を進めていく。ゆえに、活動理論は、意志決定の理論でもある。
 —
 今、新幹線に乗っているので、本を見ることができません。ですので、間違ったことも言っているかもしれませんが、たぶん、こんな感じでしょう。
(もし、活動理論についてざっと知りたいのであれば、下記の本がおすすめです。そのあとで、エングストロームの書いた原著にあたったほうがよいかもしれません)

 ざっと活動理論について説明しましたが(放談!?)、プロトタイピングとか、表現とか、そういう、いわゆる「デザイン」ぽい話はでてきませんけど、ちょっと似ているような気がしませんか。
 実は、何を隠そう、僕は、修士論文を書くときに参考にしたのは、この活動理論なのです。ですので、嫌いじゃありません、むしろ好き。
  ▼
 ちなみに、またまた余談ですが、学習研究の中には、もうひとつ「デザイン」と明確に銘打った研究方法があります。かつては「デザイン実験アプローチ」、今は「デザイン研究」といわれている方法論ですね。
 でも、これは同じ「デザイン」ですけれど、デザイン思考の志向性とはちょっと違っているような気がします。
 最大の違いは、デザイン研究では、1)現場の変革のために学習科学の知見を適宜適用することが前提になっており、2)現場での実践を通して学習研究の知見に還元することが前提になっていることでしょうか。
 このあたりに関しては、僕自身は、ちょっと慎重です。
 たしかに学習研究はこれまでにたくさんの有用な知見をだしていますが、現場の変革は、必ずしも学習研究の知見だけに還元されるものではないと思うのです。
 あと、現場での実践を通して検証された知見とは、どの程度、一般性を確保できるものなのでしょうか。一般性を確保しなくてもよいというのであれば、それでもよいのですが、どうもこのあたりが踏ん切りがつかないところがあるように見受けられます。
 僕個人としては、このあたりが、まだ「腹に落ちて」いません。
 多様な人々が、じっくり現場を観察して、現場を理解する。その上でゼロベースで案をだす。それを表現しつつ、検証し、実践しつつ、話し合う方が、個人的には、何となく、しっくりきます。
  ▼
 いずれにしても、観察とデザイン、デザインと実践、デザインと変革・・・このあたりが面白そうですね。
 前にもブログで書きましたが、学部時代の頃、僕はこんなことを書いていました。要するに、学習研究において「観察」と「デザイン」をいかにむすびつけるのか、という話です。
エスノグラフィーとデザイン
http://www.nakahara-lab.net/phase1.html
 このあたりを一度理論的に整理しつつ、どこかの現場で実践したいものだな、と思ったりします。

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