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2007.11.8 07:13/ Jun

ヒドゥンカリキュラムとOJT

 教育学の専門用語に「ヒドゥン=カリキュラム(hidden curriculum)」という言葉があります。教師が何かを教えているときに、その「背後」で、「学習者に無意図的かつ暗黙のうちに学ばれてしまう内容」のことをさす言葉です。僕の記憶が確かならば、シカゴ大学の研究者、フィリップ=ジャクソンによって提唱された概念であるハズです(そのくらい調べろよ・・・でも、時間ないの、眠たいの、許して)。
 たとえば、ある大学での話。ある教授は、いつもゼミナールの冒頭で、こう学部生たちに言います。
「さぁ、皆さん、大いに今日も議論してください」
 しかし、その先生がゼミナールの途中で、自分の話をやめることは一度もありません。今日も、ジェンダーについて熱い持論を口角泡を飛ばして語っています。多くの学生は、それを黙って聞きながら、それについて熱心にメモをとっている。
 ここで、学習者が学んでいる内容は「A教授の語るジェンダー論」ですね。しかし、学生は同時に「もうひとつのこと」を学んでいる。
「大学での学びというのは、教授の話を一方公的に聞かせていただくことである」
 という「隠されたメッセージ=ヒドゥンカリキュラム」を学んでいる、ということです。
「教える場面」では、このような事が頻繁に起こる。学習者は、教授者が発話した表向きのメッセージ以上のことを、常に、無意識的に「学習」しているのです。それは教授者が意図しようと、しないとに関わらず、勝手に学ばれてしまうのです。
 —
 先ほど述べたようにヒドゥンカリキュラムは、教育学の概念です。ですので、「企業教育」や「企業における人材育成」の場面では、あまりこの言葉が持ち出されることはありません。
 しかし、そういった現象が「企業では起こっていないか」、というと、決してそうではないように思います。企業人材育成の現場でも、立派にヒドゥンカリキュラムは存在するのではないでしょうか。
 たとえば、最近、よく「機能不全」に陥っていると評されている「OJT(on the job training)」について、ヒドゥンカリキュラムという「めがね」を使って考えてみましょう。
 —
 最近、何名かの東大の研究者で実施した共同研究での調査結果を見ていたら「面白いなぁ」と思ったことがありました。SPSSをいじりながら、ふと指がとまった。
 この調査結果の詳細はまだ述べることはできませんが、その調査では「OJTがどの程度実践されているか」という質問項目があったのですね。
「OJTの実践度」に関する結果は、それほど悪いものではなかったように感じました。部下に権限委譲して仕事をまかせたり、折に触れて教育的指導を行なうどのことは、やっぱり、現場ではそこそこ実践されているのです。予想以上に、高いポイントでした。
 それなのに、多くの人々は「OJTが機能不全」に陥っているという認識をもつ。それまで「動いていたもの」が、「急に止まった」かのような認識です。これはいったいどういうことでしょうか。
 ここを読み解くひとつの鍵が、どうも、僕は「ヒドゥンカリキュラム」にあるような気がしているのです。
 つまり、「フォーマルカリキュラムとしてのOJT」は、忙しいながらも、そこそこ実践されている。しかし、OJTの「ヒドゥンカリキュラム」のパワーが、失われてしまったのではないか、という仮説を持ちました(あくまで仮説だよ)。
 つまり、こういうことです。
 かつてのOJTには、「アフターファイブに延々と続くコミュニケーション」「プライベートを共有する濃密な人間関係」というものが存在していた。その中で、先輩や上司」から「新人」に対して、密かに「伝えられていた裏のメッセージ」がたくさんあったのではないか。たとえば、仕事観、会社での世渡りの仕方、仕事の極意といったものが、実は、濃密で長期にわたる人間関係の中で、「ヒドゥンカリキュラム」として伝えられていたのではないでしょうか。
 しかし時代が変わり、上司・先輩と新入社員は、プライベートや濃密な人間関係を共有することはなくなった。ここで「フォーマルカリキュラムとしてのOJT」は残ったけれど、「ヒドゥンカリキュラムとしてのOJT」は衰退してしまったのではないか。
 もしそうだとするならば、最近「OJTの再構築」と称して、「フォーマルカリキュラムとしてのOJT」の技法をひたすら、上司や先輩にたたき込むようなカリキュラムが増えていますけど、これは、すこし筋が違うのではないか、とも思うのです。
 とまぁ、あらかじめ断っておいたように、上記は単なる仮説でしかないですが、「ヒドゥンカリキュラム」という概念を知っていると、こんな風に考えを展開することもできます。
 ヒドゥンカリキュラムという概念は、ふだん、我々が気づかなかったことを気づかせてくれますね。
 それにしても、人間が学ぶ過程というのは、かくも「複雑」なものなのですね。表でも学び、そして裏でも学ぶ。
 嗚呼、「学び」とはすさまじい。
 —
追伸.
 昨日のやったことメモ。
▼午前、論文執筆+プレゼン準備
▼査読×2。
▼某社との共同研究。組織診断ツール開発プロジェクトのキックオフミーティング。大変勉強になった。楽しかった。集中的な議論で、方向性が見えた。2009年下期リリース予定。
▼編集者Iさん、Mさんとの打ち合わせ。来年出版したいと思っている3冊の本「育てる本」「物語本」「スマイル本」について打ち合わせ。
「育てる本」は、論文執筆を急ぎつつ、その分析結果を見ながら内容を12月にもう一度打ち合わせることに。
「物語本」は、オモシロイと思ってくださった模様。ご協力いただけること、大変嬉しい。まだここで詳細は書けないが、オモシロイです。中原は引き続き海外研究動向の調査。
「スマイル本」はいくつかの可能性を引き続き検討。Mさんと電話でステータス確認。来週、打ち合わせすることに。
▼論文指導
▼大学総合教育研究センター関連の仕事。予想以上に時間がかかった。
▼なりきりEnglish関連の打ち合わせ。11月17日に開催予定の「公開研修会」の件。ここ数日、やるだけのことはやった。
▼MS講座関連。11月30日に開催予定の「公開デモ授業」の件。望月先生と打ち合わせながら、プレスリリースをFIX。
▼R社関連。実証実験の監修を依頼される。来週、詳細な話をすることに。
 外が明るくなってきた・・・。嗚呼、「おはよう日本」がはじまった・・・明日は、授業&ゼミで、1週間でもっともハードな日。生き残ろう。

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