NAKAHARA-LAB.net

2019.4.8 06:59/ Jun

新入社員が口にする「成長したい」の意味が、いつの間にか、変わってしまった理由!? :「どんな会社でも発揮できるスキル」が想定以上に「発揮できない」のはなぜか?

新入社員研修で、若い社員たちが口にする「成長したい」の意味が、いつのまにか、変わっているのです。かつての「成長したい」は「今の会社で、早く仕事を覚えたい」という意味でした。それが、いつのまにか、変わったのです。今の「成長したい」は、「どんな会社でも発揮できるようなスキルを身につけたい」という意味なのです。すべてではありませんが、新入社員の中には「今の仕事」を見ておらず、最初から「未来の転職」を見つめているひともいるのです。
   
 ・
 ・
 ・
   
 せんだって、ある会社で、新入社員研修を担当している、ある方が、こんな印象深いひと言を漏らしておられました。「成長の意味が変わっている」というご指摘は、現代の若年層の雇用、研修、育成を考えるうえで、非常に示唆に富むと思います。
  
 かつての「成長したい」は「今の会社で、早く仕事を覚えたい」という意味でした。それが、「現在」の「成長したい」は「(未来に)どんな会社でも発揮できるようなスキルを身につけたい」という意味に、いつの間にか、変わってしまっている、ということです。人材開発の研究者としては、まことに興味深く、この問題を感じます。
  
   ▼
  
 雇用が流動化し、売り手市場が続くなか、将来の離職・転職に備えて、すこし「生き急ぎ」、「(未来に)どんな会社でも発揮できるようなスキルを身につけたい」という思いをもたれることは、共感できるところもあります。
  
 研究の世界では、一般に「ある特定の状況A」において学んだことが、「別の特定の状況B」においても発揮されることを「転移」とよびます。
 この場合、「(未来に)どんな会社でも発揮できるようなスキルを身につけたい」という思いは、学習研究の言葉を用いれば「将来に転職した、どの会社でも発揮されるような、転移可能なスキルを身につけたい」ということに翻訳することができます。
  
 「転移可能なスキルを身につけたい」は理解はできるものの、残念ながら、学習研究の知見をひもとけば、ただちにわかるように、こうした「転移」は、思っている以上には「起きない」ということがわかっています。「どんな状況でも発揮できるようなスキル」を最初から思い描き、それを獲得しようとすることは、極めて難しい。
  
 人間の有能さや、知的貢献は、わたしたちが考えている以上に「自分たちが、地に足をつけて立っている、特定の状況に紐付いている(Embeddeness)」。なので、状況が変わると、なかなか、ただちに、これまでと同様に「有能さ」を発揮したりできないのです。
  
 逆にいうと、転移が起こるようにはどうするか?
 この問いだけでも、一冊の本がかけることを承知していつつも、腹をくくって、すこしだけ列挙してみると・・・
  
1.まずは、ある特定の状況で、しっかり学ぶことです
(=これがなければ、転移もクソもヘッタクリもありません)
  
2.転移させたい内容と、「似た場面」を探すことです
(=つまり、自分の会社で学んだ内容と、別の会社で発揮したい内容が一致するようにすることです)
   
3.転移させたい内容を、自分で、持ち運んだり、編集したり、別の状況に適用したりできるように、しっかりと振り返りを行っておくことです。自分が「自分の知識」の「主人公」になり、自分の知識を「ポータブル」にしていかないかぎり、転移は思った以上におきません
(=振り返りやリフレクションは、仕事を覚えるうえでも重要ですが、将来の転移に備えるという意味でも、極めて重要なのです)
  
4.自分が学んだ内容を、他者に、いつでも「説明可能」にしておくことです
(=他人に説明がつかない知識が、発揮できるわけがありません)
  
 いかがでしょうか?
    
 思ったよりも、地に足のついた地道な解法ではないかと思います。「まずは、ある特定の状況で、しっかり学ぶことです」と申し上げたように、「今を生きて、今の状況で、仕事ができない限り」において、将来もクソもないのです。
  
 端的にいってしまえば・・・
   
 まぁ、気持ちはわかる。
 でも、生き急ぎなさんな。
 まずは、今の仕事を覚えなよ
 話は、それからだ
  
 ということでしょうか(笑)。
  
 ワンセンテンスでいえば、
  
「今を大切に生きていないひと」が、「未来を豊かに生きること」は難しい
  
 のです。
 
 気持ちはわかりますけれども。
 まぁ、落ち着いて。
 深呼吸からはじめよう(笑)
     
  ▼
       
 今日は「成長したい」の意味が変わっている、というネタから、「転移概念」を用いて、「将来、どんな会社でも発揮できるスキル」というものがあるのか、ないのか、発揮するためには何が必要かを考えてみました。くどいようですが、転移研究は、学習研究の一丁目一番地です。本日ご紹介した内容は、その「一部 of 一部 of 一部」であることは、言うまでもございませんので、あしからず。
     
 ちなみに、中原は現在、パーソル総合研究所の小林祐児さん、パーソルキャリアの藤田悠さん、平田沙織さん、吉村優美子さん、影山大輔さんらと、「転職学」という新たな研究領域(離職ー転職研究をつないだ研究領域)を立ち上げるべく共同研究に励んでおります。
 両社の経営層である大浦征也さん、勝野大さん、櫻井功さん、渋谷和久さんにもお力添えやご助言をいただきながら、「残業学」の第二段として、この領域の知見を算出していきたいと思います。「転職学」の狭間には、本日お話をさせていただいた「転移」の知見も活かして行ければよいのではないかと思っています。
     
 わたしたちが、転職学で実現したい背景には、本日、話題にさせていただいたように、今、わたしたちの周囲を生きている「若年層」は将来のキャリアをみすえて「成長の意味」が変わっているということがあります。ならば、来たるべく流動化社会において、転職難民、転職漂流を避けるためにも、働くひとの視点にたって、「転職」を学習研究の知見を応用しながら、新たな研究領域に仕立て直したいと思っています。
     
 考えてみれば、経営研究においては、「離職研究」と「社会化研究」は大きく分断されていました。
 また経営研究には、転職者の「転職行動」は、直接、企業業績に影響をもたらしませんので、研究のスコープに入ることすら希です。
「離職」「転職」「社会化」という3つの時期を「トランジション」ととらえ、学習研究の知見を応用しながら、働くひとの視点にたって、転職を考えることが「転職学」のめざすところです。是非、お楽しみに!
       
 あなたの会社には「どんな会社でも発揮できるスキル」を求める「夢見る若手社員」はいらっしゃいませんか?
  
 そして人生はつづく
  
  ーーー
     
新刊「データから考える教師の働き方入門」(辻和洋・町支大介編著、中原淳監修)好評発売中です。1日の労働時間が約12時間におよぶ、先生方。その働き方を見直し、いかに持続可能な職場をつくりだすのか、を考えます。「サーベイフィードバック方の組織開発を応用した働き方改革」の事例として、教育機関以外の組織でも応用可能です。どうぞご笑覧くださいませ
  

  
  ーーー
  
新刊「残業学」重版出来、5刷決定です!(心より感謝です)。AMAZONの各カテゴリーで1位を記録しました(会社経営、マネジメント・人材管理・労働問題)。長時間労働はなぜ起こるのか? 長時間労働をいかに抑制すればいいのか? 大規模調査から、長時間労働の実態や抑制策を明らかにします。大学・大学院の講義調で語りかけられるように書いてありますので、わかりやすいと思います。どうぞご笑覧くださいませ!
  

  
 ーーー
  
新刊「女性の視点で見直す人材育成」(中原淳・トーマツイノベーション著)が、AMAZONカテゴリー1位「企業革新」「女性と仕事」を記録しました。女性のキャリアや働くことを主題にしつつ、究極的には「誰もが働きやすい職場をつくること」を論じている書籍です。7000名を超える大規模調査からわかった、長くいきいきと働きやすい職場とは何でしょうか? 平易な表現をめざした一般書で、どなたでもお読みいただけます。どうぞご笑覧くださいませ!
  

  
 ーーー
  
新刊「組織開発の探究」発売中、重版4刷決定しました!AMAZONカテゴリー1位「マネジメント・人事管理」を獲得しています。「よき人材開発は組織開発とともにある」「よき組織開発は人材開発とともにある」・・・組織開発と人材開発の「未来」を学ぶことができます。理論・歴史・思想からはじまり、5社の企業事例まで収録しています。この1冊で「組織開発」がわかります。どうぞご笑覧くださいませ!
  

  
 ーーー
   
【注目!:中原研究室のLINEを好評運用中です!】
中原研究室のLINEを運用しています。すでに約11000名の方々にご登録いただいております(もう少しで1万人!)。LINEでも、ブログ更新情報、イベント開催情報を通知させていただきます。もしよろしければ、下記のボタンからご登録をお願いいたします!QRコードでも登録できます! LINEをご利用の方は、ぜひご活用くださいませ!
   
友だち追加
  

ブログ一覧に戻る

最新の記事

2024.11.22 08:33/ Jun

最近、僕は何をやっているのか?そうね、いろいろやってます!?

2024.11.15 15:01/ Jun

【無料カンファレンス・オンライン・参加者募集】AIが「答え」を教えてくれて、デジタルが「当たり前」の時代に、学生に何を教えればいいんだろう?:「AIと教育」の最前線+次期学習教育課程の論点

2024.11.9 09:03/ Jun

なぜ監督は選手に「暴力」をふるうのか?やめられない、止まらない10の理由!?:なぜスポーツの現場から「暴力」がなくならないのか!?

2024.10.31 08:30/ Jun

早いうちに社会にDiveせよ!:学生を「学問の入口」に立たせるためにはどうするか?

2024.10.23 18:07/ Jun

【御礼】拙著「人材開発・組織開発コンサルティング」が日本の人事部「HRアワード2024」書籍部門 優秀賞を受賞しました!(感謝!)