The CSCL Environment for Teachers as Learners

- Quick Theoretical Consideration -

0. Prologue

 耳をすませば、新しいカリキュラムの胎動が聞こえてきます。

「総合的な学習」という名のカリキュラム改革が、今、実体をもつものになろうとしています。それが、もし仮に教育現場に福音をもたらすのだとしたら、その福音とは何か、また、それが「行為の意図せざる結果」によって、矛盾をもたらすのだとしたら、その矛盾とは何か、否、そもそも、「総合的な学習」とは何なのか、すべては、未だ統一の見解をもっていません。すべては、研究者によって、あるいは、実践者によって、見解が異なっているのが現状なのです。

 しかし、こうは言えるのかもしれません。

 「総合的な学習」をはじめとした、これからのカリキュラム改革、それは根本的に「School-Based Curriculum(それぞれの学校に基づくカリキュラム)」であり、「Teacher-Made Curriculum(教師によってつくられるカリキュラム)」であるということ、そのことだけは確かなことでしょう。

 新しいカリキュラムの胎動は、ひとつひとつの学校から、そして、ひとりひとりの先生から聞こえてくるのです。

 そんな学校における草の根の活動を、そして、先生に使ってもらえるコミュニケーション&リフレクションソフトとして、「Teacher Episode Tank」は生まれました。

中原 淳

1. Methods

 教師をめぐる研究というのは、星の数ほどあります。細かく分ければ、キリがないのですが、「授業設計支援」だとか、「教師の認知研究」だとか「教師の意志決定研究」だとか。まぁ、いろいろな研究があり、そして現在も続いています。これ以上、詳しいことは、ここでは述べません。さしあたっては、いろんな方法があって、その方法ごとに、目的が違い、そして出されるOutputも多様なものになっているということだけ覚えておいてください。

 さて、TeacherEpisodeTankは、先生方に使ってもらう環境として「コンピュータを用いた協調学習支援:Computer Supported Collaborative Learning(CSCL)」というものを用いました。以下、このCSCLについて、ほんの概略を説明いたします。

1.1. What's CSCL?

 まず最初に、お約束をひとつ。CSCLというのは、「しーえす・しーえる」と読みます。このテクノロジーを誤解をおそれず、なるべく短く簡単に言いますと、CSCLとは、コンピュータを使って、みんなで知恵をだしあいながら、知識をつくりあげていくことだ」ということになるでしょうか。「なんだ、そんなことか」とおっしゃる方も、いらっしゃると思います。

 「それなら、メーリングリストでもそうじゃないか」

 「ひとつのコンピュータを、あーだこーだ言いながら2人で使っているのも、それなのかい?」

 こういう質問をなさる方が、目にうかびます。

 結論から、最初に言いますと、(もちろん、これは筆者の定義にしたがえば・・・ということになりますが)答えはYESです。とにかく、「コンピュータと人間のあいだのやりとり」というわけではなく、「コンピュータを媒介とした人間と人間のやりとりをもとに、学習すること」、それをCSCLとよぶことにいたしましょう。CSCLは、様々な学問分野、たとえば、心理学や人類学や、コンピュータサイエンスなんかが、ちょうど「まじわる」ところにできた領域です。そして、それは現在、もっとも注目されている「学習のための空間」であるとも言えます。以下、CSCLが登場してきた背景を簡単にご説明いたします。

1.1.2. CSCL as Idea

 CSCLのもつ研究背景や、それを生み出した考え方ということになりますと、ちょっとだけ学問めいた話になってきます。それは、「心理学」をざっとみてもらう必要があるようです。

 かつてというか、今でもメジャーはそうなんですが、心理学という学問にとって、「知識」とは、人間の「頭」の中にたくわえられるものであり、それがたまっていくと、人は「賢くなれる」と考えています。そして、「知識をたくわえること」を「学習」とよぶのです。人は、蓄えられた「知識」、つまりは学習された知識を、必要に応じて、検索し、思い出して、利用することで、「知的なこと」をできるのだと考えているのです。こうした心理学の研究アプローチの仕方を「情報処理アプローチ」なんていいます。ちょうど、コンピュータの「たとえ」になっていますね。コンピュータは、情報が蓄積されたハコみたいなものでしょう。

 詳しいことはもうしませんが、CSCLは、こうした「情報処理認知アプローチ」に「ちょっと待てよ」と言っちゃう研究の中から生まれてきました。その研究のアプローチのことを「状況的認知アプローチ」なんていいます。そのアプローチによれば、人間の「賢さ」は、「頭」の中にたくわえられた知識だけによるのではないということになります。人間が「賢く」振る舞えるとき、そのときには、人間は「外界」の「道具」とうまくつきあい、「共感してくれる他者」とうまくかかわっている、そして、「人間 - 道具 -他者」というひとつの系が、たがいに他を助け合って、「賢さ」を発揮していると説明するのです。

 考えてみれば、われわれ人間のまわりには、たくさんの「道具」があり、「他者」がいますね。そうした「道具」や「他者」とパートナーシップをうまく結べるようになること、つまりは、よりよく「かかわりあえるようになる」こと、そして、それらが互いに他を助け合って、知的な営みを達成できるようになること、つまり「知識をつくりだしていくこと」、そのことこそが「学習」であると考えるのです。

 CSCLは、こうした「状況的認知アプローチ」の提唱する「学習」を支援するための「学習空間」です。そして、「Teacher Episode Tank」は、あるプロジェクトや目的を共有する先生方が、互いに他とコミュニケーションをとりつつ学んでいけるようにデザイン・開発されたCSCL環境なのです。それでは、TeacherEpisodeTankを使用する先生方は、具体的に何によって、何をまなぶのでしょうか?次節では、それを考えることにしましょう。

1.2. Narrative as Methodology

 それでは、次に、一般的に「先生」にとって、「学ぶこと」とは、いかなるもので、どういう時に学べるのでしょう。それを研究する学問の常識では、先生が「学ぶ」ことは、頭の中に「学習に関する知識」「教育一般に関する知識」「学習者に関する知識」をたくわえることであると説明されてきました。そして、先生にとっての「有能さ」というのは、そういう知識を駆使して、授業において、より「合理的な意志決定」をおこなえることであると説明されてきました。それを支援するためのテクノロジーや機会や教材も、たくさんつくられてきました。

 なるほど、そう考えると、この主張は、先に説明した「情報処理認知アプローチ」にどこか似ていませんか。そうです、「教師」を「学習者」ということばに変えて、あとは適当に「学習される内容」に変更を加えれば、まったく「情報処理認知アプローチ」のところで説明したことと変わらなくなってくるのです。つまり、「先生にとっての学習」を「知識」にだけ求めようとする考え方は、CSCLの発想とは、ちょっと違うのです。それは、情報処理アプローチに基づいた考え方になります。

 先にも述べたとおり、CSCL環境は、こうした「情報処理認知アプローチ」の見解とは、学習観を異にします。教師の「学習」においても、この主張はかわりません。「学習とは、共感できる他者や道具とのかかわりあいによって、知的営みを達成するプロセス」であるという状況的認知アプローチの学習観にしたがうならば、教師にとっての「学習」には、「共感できる他者」が必要ということになりますし、そうした「他者」とかかわりあう道具が必要になることになるのです。Teacher Episode Tankは、そうした教師の学習を支援するための環境なのです。

 それでは、次に、こういう疑問が生まれてきます。いったい、教師は「どういう時に学べる」のでしょうか。

1.2.1. How did they acquire their expertise?

 近年の教師教育の知見によれば、教師の「学習」に必要とされているのは、一般に「事例(Case:ケース)」と「内省(Reflection:リフレクション)と言われています。もちろん、非常にたくさんの「知識」が必要なことは否定しません。でも、「それだけ」で、学習が可能になるわけではないのです。具体的にいうのならば、「事例」とは「自分の実践の中でおこった出来事」のこと、「内省」とは、そうした「実践の中でおこった出来事を振り返ること」ということでしょうか。つまり、「事例」を通して、「内省」とか「再吟味」を行うことが求められているのです。簡単にいうと、実践の中でおこった「出来事」を「ふりかえって」、もう一度問い直す、そういうことが求められているわけです。

 それじゃあ、内省、つまり「振り返り」は、何がきっかけで成立するでしょうか。確かに、「ひとり」で、時間をかけてじっくり考えることも大切なことですし、必要なことです。そして、それに加えて、内省に必要なのは、「他者の意見」「他者のまなざし」であったりします。ひとりで考えるよりも、様々な「他者のことば」に支えられて、内省がおこるきっかけになると言われています。

 TeacherEpisodeTankは、この「事例」と「内省」をシステムデザインコンセプトの中核にすえて、デザインされました。先生がたが、日々の実践の中で感じたこと、思ったこと、気のついたこと、見たこと、聞いたこと、そうしたエピソード、つまりは「事例」をお互いに語っていただき、その上で、自分の実践のありかた、それがどこに向かおうとしているのかを内省することができるようにデザインされております。エピソードや事例などに代表される「語り(Narrative)」は、学習を支援するリソースになります。

TeacerEpisodeTank、このすさまじき世界にようこそ


NAKAHARA, Jun
All Right Reseved 1996-