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2019.2.8 06:46/ Jun

「数字」や「エビデンス」は「現場を変えない」のはなぜか?:組織に存在する「マリアナ海溝」並に深い「溝」の正体!?

 イノベーションは、プロフェッショナルたちの切磋琢磨によって生み出される、とされている
    
 しかし、
    
 イノベーションは、プロフェッショナルたちの間に広がる「境界」によって「普及」を阻まれる
    
  ・
  ・
  ・
    
 ちょっと前のことになりますが、立教大学大学院・中原ゼミで、博士1年の辻和洋さんが、「プロフェッショナル組織において、なぜイノベーションは「普及」しないのか」という英語論文を報告してくれました(Ferlie and Fitzgerald(2005) Academy of Management Journal 48(1) pp117-134)。いつも面白い論文をチョイスしてくれる大学院生には、心より感謝です。
    
 この論文は、いくつかの医療現場における、新たな医療方法(イノベーション)の普及が、いかにプロフェッショナルたちがつくりだす「溝」によって普及しないのかを論じた事例研究です。
     
 この論文の面白いところは、
   
 イノベーションが「普及」しないのは「普及の根拠」がないからではない
  
 ということです。
   
 最近は、Evidenced-Based Medicine(根拠にもとづく医療)といったことも喧伝される中、データと根拠に裏打ちされた医療行為が求められるようになっています。だから、新たな医療には「根拠」や「データ」や「エビデンス」が必ず付与される。
    
 しかし、医療行為に従事するひとびとは、たとえ「根拠」があっても、どんなに「エビデンス」があっても、イノベーションを普及させようとはしません。というのは、組織のなかには、医者ばかりではなく、看護師、助産師、薬剤師など、さまざまなプロフェッショナルたちが混在しており、それらが相互に「溝」をつくりだし、新たなことを為そうとするとき、お互いに「抵抗」を示すからです。
  
「社会的カテゴリー」が「溝」をつくりだし
「溝」が「普及」を阻害します。
  
 プロフェッショナルたちのあいだに広がるのは、知識的な境界ばかりではありません。ものごとをいかに見るのか、という認識的な境界、はてには、エモーショナルな境界までもが、渦巻いている世界です。ですので、どんなにエビデンスがあろうがなかろうが、それだけでは現場は変わりません。
  
 つまり
  
「数字」は現場を変えない
  
 のです。
  
 それでは、彼らには何が必要なのか。
 まずは、プロフェッショナルたちのあいだの社会的な交流を増やし、対話を生み出すことです。さらには、相互に対する信頼を通じて、お互いの仕事を調整していく他はないのかな、と思います。
 これらの解決策・・・「地べた」を這うようで、「月並み」で、どうしてようもなく「凡庸」で、泥を食むような「地道な営み」あることは、百も承知です。しかし、相互に「向き合うこと」以外に、物事をかえるきっかけは、見当たりません。
  
「数字」は現場を変えません
   
 AIを使って、どんなに鮮やかな知見を現場にフィードバックしようが、高度な実験計画で鮮やかな統計処理を行おうが、数字やエビデンスだけでは現場は変わりません。
  
「数字」をネタに、プロフェッショナルたちが向き合い、対話していくことでしか、現場は変わりません。
  
  ▼
  
 今日は医療業界を事例とした「プロフェッショナル組織」の話をさせていただきました。
 この話は、医療業界ばかりの話ではありません。おそらく皆さんが仕事をしていく業界も、多かれ少なかれ、このような状況にあるのではないでしょうか。世の中で必要になる知識は、さらに高度化していくことが予想されており、仕事はさらに「プロ化」の方向に向かうのは、おそらく間違いはありません。
  
 しかし、プロフェッショナルたちの組織は「頑健」です。これに外部から影響を与えるのは簡単なことではありません。
  
 プロフェッショナルたちは、自らの力量と専門性によって、幾重にも外部との境界をつくりだします。そして、プロフェッショナルたちは、組織内部では強い社会的絆を築こうとしますが、外部との意思疎通を拒絶する傾向があります。
  
 まぁ・・・ちょっと飛ぶのですけれどもね(ブログだから、いいか・・・)・・・こういうニュースを目にすると・・・プロフェッショナルたちがつくりだす「溝」は「マリアナ海溝」なみに深いな、と思ってしまいます。世間の非常識が、幾重にもまかり通るのですね。
  
声を上げ始めた“無給医”
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190206/k10011805851000.html?utm_int=news_contents_netnewsup_003
  
「基本みんな見て見ぬ振り、おかしい制度だと思っていても、異議をとなえることはできません。嫌なら医局を辞めれば、ということです」(30代)
  
「学位を盾に大学院生を強引に使ったり、とにかくパワハラ・人事が医局のすべてと言っても過言ではありません」(40代)
  
「このような理不尽な医局体制が続くことがとても悔しく、このことを外部に伝えたく連絡しました」(30代)
  
 ・
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 ・
  
 ええと・・・そちらの業界、大丈夫ですか?
 このお話は、今や「新たな元号」を迎えようとしている、「現在の日本のお話」ですか?(泣)
  
 ・
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 あなたの組織にはプロフェッショナルたちの「溝」がありますか?
 新たなアイデアの普及を阻害しているのは何ですか?
  
 そして人生はつづく
   
  ーーー
  
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