2018.7.17 06:21/ Jun
3連休の前半は、南山大学で開催されたブッシュ教授の公開研究会+ワークショップを愉しませていただきました。その様子は、すでに連休中にブログにアップさせていただいております。
対話型組織開発とは何か?ー「語り方・意味づけの変革にもとづく組織変革」論
https://www.nakahara-lab.net/blog/archive/9180
続・対話型組織開発とは何か?:対話型組織開発とは「問うことによる組織変革」である!?
https://www.nakahara-lab.net/blog/archive/9189
今日は、3連休終わりの最後の夜。いつものように、プシューと「ハイボール」をあけます。ハイボールで、すこし酔っ払ったあたまで、この3日間に学んだことを反芻しています。
以下、考えたことを、やや「断章風」に書きます。
▼
ひとつめ。それは「めっちゃ実務的なこと」です。
ひとつめの問いは「対話することの意義をいかに伝え、実践するか?」ということです。とりわけ、「働き方改革で、とにかくみなが時間がない、時間がない、とキュウキュウとしている時代に、「対話すること」の意味をどのように説明するのか」ということです。
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一般に(僕がそう思っているわけではありません)、「対話すること」や「コミュニケーションをすること」は、業績追求とは「正反対」の、むしろ「コスト」であると考えられている節があります。
極端にいえば、
「対話する?・・・・は?・・・・そんな、ぬるくて、かったるくて、モワッとしたもの、やってる時間があったら、客先、一件でも回れよ」
という管理職は、少なくない(笑)。
そういう方が、次に口にするのは、おそらく、こういう語彙でしょう。
・対話して、成果でんの?
・あのさ、KPIとか、費用対効果が設定できないものって、やったって意味ないよね
・未来の対話なんてどうでもいいよ。でさー、明日のメシ、どうやって食ってくの?
どうですか?
こういう管理職の方は、身近におられますか?
しかも、時代は「働き方改革」で、長時間労働是正である(これ自体が悪いわけではない)。こうした業績主義的な考え方の後押しをして、「非業績的なもの」を圧迫しかねない勢いです。これは自戒をこめて申し上げます。僕自身も、本当に時間がない。
端的にいえば「今の職場」は
時間がなくて
時間がなくて
時間がない(泣)。
自戒をこめて申し上げますが、だからこそ「対話の必要性がある」といえる。
しかしながら、ただでさえ時間がないなか、そこに時間を使うのは「重い腰がなかなかあがらない」。だとするならば、現在の職場で、「対話をすること」の意味や意義を、どのように伝えていくのか。これが、僕の考えていたふたつめのことです。
対話型組織開発は「良い」
でも
対話型組織開発の「良さ」を、どのように伝えますか?
ということですね。
▼
ふたつめ、それは「対話型組織開発を、現場の方々にわかるように、いかに翻訳するか?」ということです。
より具体的に申し上げますと、たとえば、僕が「組織開発の外部の介入者」だとしたら、
「対話型組織開発の用語や概念を、現場のマネジャー、管理職の方々、ふつうのメンバーの方に、わかるように、そのエッセンスを、どのように伝えるかな?」
ということを、真っ先に考えました。
ダイアローグ
ナラティブ
マインドセット
コンテナ
ジェネリックイメージ
ジェネリックリーダー
・
・
・
対話型組織開発には、様々な「専門用語」が満ちています。おそらく、僕が「現場に相対するとき」、これらの用語をすべて「使わない」で、そのエッセンスを伝えようとするのだと思います。
敢えていうのなら、「対話型組織開発」という言葉「すら」も使わないような気がする。
なぜなら、
現場の人は「対話型組織開発」が「したい」わけではなくて「問題を解決したい」
からです。
僕だったとしたら、現場の彼らには、なるべく、組織開発の専門用語を「覚えること」に時間をかけるのではなく、「自分たちの問題」に向き合うことに時間を使って欲しい、と考えます。
しかしながら・・・やれやれ・・・
対話型組織開発には「特有の専門用語」が充ち満ちています。これらを、どのように「翻訳」して、伝えるのか?
もし皆さんが上記のような僕の認識にご同意いただけるのだとしたsら、
皆さんだったら、対話型組織開発を、対話型組織開発といわずに、どのように伝えますか?
▼
最後に、みっつめ。
それは「組織開発のマインドセットと、組織開発の手法の一貫性」についてです。
これはかなりマニアックな問いであり、それこそ「問題を解決したい現場の方々」からはもっとも遠い問題であると思います。しかし、どうにも気になることがひとつございました。
会の最中で、ある組織開発の実務家の方が、こんなことをおっしゃっていました。そのことがずっと「のどに突き刺さった、魚の骨?」のように気になっています(ソーシャルメディアではすでにアップさせていただき、様々な答えをいただいております・・・ありがとうございます! まだすべてに目を通せておりません)。
この素朴で、しかしながら、素晴らしい問いに対して、みなさまなら、なんと答えますか?
実務家の方、曰く、
一般に「診断型組織開発=サーベイ結果を組織メンバーにフィードバックする実践」は、「実証主義」の哲学にもとづいた実践だと言われます。それは「社会構成主義」に相容れない「前時代の実践」だとされるんです。
でも「組織診断の結果」をもって、そのまま「あれせい、これをせい、それが問題だ、あっちをなおせ」とコンサルタントが指示するケースは、ごくごく「希」なんです。そんなことは、まずあまりない。
でも、それが学問の場では、「実証主義」の「前時代の実践の典型」として紹介されます。現在の実世界では、まず、それで終わることはない。そんなん、クライアントは望まないですよ。通常は、それで終わることは、ありえないんです。
現実の世界は、組織診断の診断結果は、調査に協力してくれた人たちに「返されて」、その場で「対話」が促される場合がほとんどです。みんなで調査結果を議論するんです。
その場合、「調査結果」を「よいもの」とみるか、「改善の余地あり」とみるかは、その場の人々の「意味づけ」で決まるんです。
明らかに問題があるようなケースでも、「いいね」と意味づけられるケースもあります。明らかに問題がないケースでも、議論の結果「まだまだ改善の余地」ありと意味づけられることもあります。
つまり「調査結果」それ自体に「答え」はないのです。
ということはですよ・・・「診断型組織開発の結果の読み込み」は「社会的に構成される」って言えるんじゃないでしょうか。
実際、そのあとに、組織が、実際に行動をとるか、調査結果が放置されるかは、組織メンバーの「対話や意味づけの結果」によって決められるのです。
こうした「一般的な診断型組織開発」は「実証主義」なんですか? それとも「社会構成主義」なんですか?
そもそも実務家の僕には「実証主義」とか「社会構成主義」とかいう分け方は、全然「ピン」とこないんです。僕には全然わからない。
これだけわかれば、もう、僕は、いつ帰ってもいい。
この問いに対して、みなさまなら、なんと答えますか?
▼
以上、対話型組織開発に出たワークショップの感想でした。
最後になりますが、この会を主催していただいた南山大学の中村和彦先生、そのほか、人間関係研究センターの皆様には、心より感謝を申し上げたく思います。
貴重な学びをありがとうございました。
心より感謝いたします。
そして人生はつづく
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