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2017.2.8 06:13/ Jun

スポーツは仕事の役に立つ!? : 元アスリート「為末大さん」との研究室での対話から

 400mハードル日本記録保持者にして、2001年、2005年の世界陸上選手権の二大会で銅メダルを記録した、元・アスリートの為末大(ためすえ・だい)さんと共著で本を書いています。筑摩新書から今春あたりに発売される書籍で、書名を「仕事人生のリセットボタン」といいます。
   
「仕事人生のリセットボタン」は、今を懸命に生きる30代ー50代のビジネスパーソンが、「長期化する自らの仕事人生を、いきいきと過ごすために必要なこと」が書かれている本です。
    
 この本を通底する仮説は下記です。
    
「これからのビジネスパーソンは、アスリートのキャリアに学ぶところが多いのではないだろうか?」
   
「アスリートには、ファーストキャリアとセカンドキャリアがある。これからのビジネスマンは、ひとつの組織でキャリアをつむのではなく、様々な”踊り場”や”方向転換”を経験しつつ、自らの仕事人生を”完走”するのではないか?」
  
 本書は、この仮説(妄想)にもとづき、為末大さんという一流のアスリートの競技人生、そして競技人生の終焉後の生き方から、そのヒントを学ぶことを目的にしています。
  
 具体的には、
  
 為末さんはいかにして「第二の人生」を覚悟したのか?
 為末さんはどのように「方向転換」をおこなったのか?
 為末さんは今、何をしようとしているのか?
 
 といったような一連の問いと、それに対する為末大さんの答えを通して、
  
 ビジネスパーソンとしての仕事人生を「完走」するためのヒントをひとりひとりが考えてもらうこと

 をめざしています。新書にはほとんど例がないとは思いますが(!)、世界初!「ワークシートつき」。
 新書にして、ワークショップを受けたような読後感をお楽しみいただけることと思います。
  
 本書籍プロジェクトがスタートしたのは、いまから半年くらい前。
 筑摩書房の橋本さん、ライターさんと松井さんに伴走いただきながら、何とかここまで来ました。もう少しです。著者のひとりとしても、とても楽しみです。
   
 ▼
  
 先日は、書籍のカバー撮影ということで、為末さんが研究室におこしになり、写真をとりました。撮影後、すこしだけ雑談。
 為末さんとは、様々なお話をさせていただきましたが、もっとも興味深かったのは、為末さんからなされた、ひとつのご依頼事項でした。
   
 いわく(ICレコーダがあったわけではないので、一言一句おなじではありません)
  
「アスリートの競技人生のなかで学んだことのなかで、社会や仕事の世界に出た後で、役立つものが僕はあると思うのです。アスリートのセカンドキャリアを考えるうえで、それがわかってくることが非常に重要なのです。それが何かを調べるときがあるとしたら、先生、御協力いただけませんか?」
  
 なるほど。
 大変興味深い問いです。
 面白い、やりましょう(笑)。
   
 一般に、スポーツの中で、わたしたちは、様々な出来事を経験し、様々なことを学びます。その中には、その効果が、仕事や社会に出たあとにでも継続するものがあるでしょう。
  
 専門用語では、ある領域で獲得した効果が、それ以外の別のコンテキストに影響を与えることを「スピルオーバー効果」といいます。
 そして、スピルオーバー効果には「ポジティブスピルオーバー」・・・この場合は、「スポーツで獲得したものが、仕事世界によい影響を与えること」もあるでしょうが、その逆もありえます。
 すなわち、「ネガティブスピルオーバー」もあるでしょう。つまり、「スポーツで学んでしまったことが、仕事世界に役に立たないばかりか、足かせになってしまうこと」です。
  
 そうした様々な「スピルオーバー」をいくえにも経験し、引退後のアスリートは、仕事世界に適応していきます。
 アスリート時代に経験したことや獲得した能力で、実社会にもすごく役立つものもあるんでしょう。しかし、その逆も、おそらく、ありありそうです。
 このプロセスや、そこで得られた成果を問えたとしたら、非常に面白いですね。
  
(実は、この研究のモティーフ自体は、わたしたちの研究室が、トランジション研究ですでに実践してきたものです。ビジネスの研究領域では・・・。僕は、トランジションは、この世紀の社会科学の、ひとつの大きな研究課題だと思っています。ですので、もしこれをやるとうことになると、スポーツの領域に、こちらを並行輸入することになりますね)
   
 かつて、為末さんは、お仲間のオリンピアとともに、何名かでオリンピアのその後のキャリアを定性的に調べたことがおありだったそうです。
  
 この定性的手法にくわえて、量的な研究手法を加味することで、さらに問いを深掘りできると面白いなと思いました。
 あとはリソース。そして、この場合、最大に問題になるのは「回答者・協力者集め」でしょうね。でも、そこは為末さんはじめ、オリンピアの方々のご賛同が得られるとよいですね。
  
 いつか実現できる日を愉しみにしています。
  
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 ちなみに、セレンディピティ(想定外の偶然)というものを皆さんは信じられますか?
  
 実は、この為末さんのリサーチクエスチョンは、数日前、研究室を訪れた、政府系スポーツ関係者の方も、同じ事をおっしゃっていました。面白いですね。2名の方が、同じテーマをかかげて、一週間に、偶然、同じ研究室をおとずれるのです。
  
 アスリート人口を増やしていくためには、アスリートになったあと、仕事の世界でもやっていけることを実証したい
 アスリートのセカンドキャリアやデュアルキャリアを推進していくためには、データが必要である
  
 時代がそれを求めているのかもしれません。
  
  ▼
  
 オリンピックを2020年に控えて、なにやらスポーツ業界が非常に盛り上がっているような予感がします。
 最近、ビジネスパーソンにくわえ、研究室を訪れる方で、「スポーツ関係」の方々がにわかに増えているのです。
  
「体育2」のわたくしめにできることは、そう多くはないのですが(笑)、そのようなことが実現するならば、微力ながら、貢献させていただければと思います。僕のメインフィールドが「企業」からズレることはないのですが、年のせいなのでしょうか、微力ながら、わたくしめにも社会貢献させていただけるフィールドが増えてきているような気がします。
  
 そして人生はつづく
  
  ーーー
  
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