2016.6.15 05:49/ Jun
我が家には2人の「男の子」がいます。
9歳・TAKUZO、2歳・KENZO。
2人あわせて、「超絶ママ好き好き隊」です。
その「好き好きっぷり」は、ものすごいものがあります。
歯磨きするのも「ママ」にしてもらいたい。
横に寝るのも「ママ」がいい。
牛乳をつぐのも「ママ」にやってもらいたい。
二人して、いつも、ママを取り合っています。
彼らが思春期になり、ママに偉そうな口をききはじめたら、
毎夜毎夜、我が家のリビングで繰り広げられている、
「ママ争奪戦」の映像をYoutubeにあげてやろうか、
と思うくらいです(笑)。
奪い取りたい
自分のものにしたい。
ママが好き。
かくして、ママが自宅にいる夜は「やかましい夜」です。
ママをめぐる「仁義なき戦い」が我が家の日常です。
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大変興味深いのは、こういうときの「パパの身分」です。
それは「ママが自宅にいるか、いないか」によって変化します。
ママが自宅にいるときには、パパの身分は「底辺」です。
「おっ、パパ、今日いたんだ」
「いや、パパじゃないんだよ、ママなんだよ」
一方、ママが仕事で遅く、パパが一日面倒をみるときは、
その身分は、信じられないほど「上昇」します。
「パパ、一緒に寝よう」
「パパ、一緒に遊ぼうよ」
さしずめ、その様相は「日常の反転」であり、いわば「倒錯」です。
しかし、悲しいかな、どんなに二人と遊んでも、
どんなにお世話をしても、
パパは二人の間で「取り合い」にはなりません。
パパが子どもの面倒を見る夜は「取り合い」のない
「静かな夜」なのです。
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「静かな夜」は、ベットルームで、3人で寝ます。
寝かしつけをしながら、つくづく思うことがあります。
嗚呼、今日も「静かな夜」が終わった。
こういう日も、まぁ、悪くないな。
いっつも「やかましい」からな。
「ママ争奪の仁義なき戦い」、何とかならんかな・・・。
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それにしても、今日は、いつもと違ったな。
TAKUZOも、パパと、モクモクとゲームをしていたな。
KENZOは、口数少なく、ちょっと寂しそうだったな。
静かな夜だなぁ・・・。
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やっぱり、今は「やかましい夜」の方がいいのかな。
仁義なき戦いも、永遠に続かないだろうしな。
きっと、今だけなんだろうな
今が大切なんだろうな、と。
そんなことを考えながら、うとうとしているうちに、僕は寝てしまいます。
「やかましい夜」を疎ましく思いながら。
一方で、明日を愉しみにして。
そして人生はつづく
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