2005.12.21 10:33/ Jun
先日、ある雑誌を読んでいたら、経営学者の野中先生が、「わたしは、こんな研究がしたい」と言ってくる大学院生に対して、必ずある言葉をおかけになる、という話がのっていた。
「君がその研究をしたら、世界はどう変わるのか?」
野中先生は、必ず、こう問いかけるのだという。
もちろん、「世界が変わる」というのは比喩であろうが、先生の伝えたいことはわかるような気がする。
僕の指導教官のひとりは、僕にいつも「研究には怒りがなくてはならぬ」と言い続けていた。もちろん「怒り」も比喩である。ただ、野中先生と僕の指導教官は、表現は違っているけれど、同じことを言っているような気がする。
「このままの<世界>では気持ち悪い」「<世界>の今のあり方にインパクトを与えたい」「こん風に世界が存在するべきではなかったハズなのに」・・・
両者も、研究の先に広がる未来を強烈に意識させるのであろう。ちなみに、僕自身は、学生の頃から朽ち酸っぱく、それを言われ続けたせいか、研究するときに自分が変革したいと思うものを意識しないということはない。それは、指導教官たちから比べれば、本当にトリヴィアルな世界かもしれないけれども、一応、怒りをもち、<世界>を意識しているつもりではいる。
あなたが、その研究をしたら、世界はどう変わるのですか?
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