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2021.4.20 06:54/ Jun

小さなユリと父親の「静かな食卓」の物語:黒田三郎「詩集 小さなユリと」書評

 昔々、教科書か何かで目にしたことのある詩を、30年ー40年ぶりに目にする。黒田三郎の「夕方の三十分」も、そのひとつだ。入院している母親にかわり、台所にたちつつ、小さな娘を育てる父親の物語である。
  

  
 ーーー
  
「夕方の三十分」
 黒田三郎
  
 コンロから御飯をおろす
 卵を割ってかきまぜる
 合間にウィスキイをひと口飲む
 折紙で赤い鶴を折る
 ネギを切る
 一畳に足りない台所につっ立ったままで
 夕方の三十分
  
 僕は腕のいい女中で
 酒飲みで
 オトーチャマ
 小さなユリの御機嫌とりまで
 いっぺんにやらなきゃならん
 半日他人の家で暮したので
 小さなユリはいっぺんにいろんなことを言う
  
「ホンヨンデェ オトーチャマ」
「コノヒモホドイテェ オトーチャマ」
「ココハサミデキッテェ オトーチャマ」
 卵焼をかえそうと
 一心不乱のところに
 あわててユリが駈けこんでくる
「オシッコデルノー オトーチャマ」
 だんだん僕は不機嫌になってくる
 味の素をひとさじ
 フライパンをひとゆすり
 ウィスキイをがぶりとひと口
  
 だんだん小さなユリも不機嫌になってくる
「ハヤクココキッテヨー オトー」
「ハヤクー」
  
 癇癪もちの親爺が怒鳴る
「自分でしなさい 自分でェ」
 癇癪の娘がやりかえす
「ヨッパライ グズ ジジイ」
 親爺が怒って娘のお尻を叩く
 小さなユリが泣く
 大きな大きな声で泣く
  
 それから
 やがて
 しずかで美しい時間が
 やってくる
 親爺は素直にやさしくなる
 小さなユリも素直にやさしくなる
 食卓に向い合ってふたり坐る
  
  ・
  ・
  ・
  
 今から考えれば、30年前、この詩を読んだときは「子どもの視点」で読んでいたように思う。
 母親が「泊まり勤務」の日に、父親が台所にたってつくった、おおよそ「美味しいとは言えない料理」を静かに食べる(笑)、僕ら兄弟の物語として。
  
 爾来30年。
  
 今度は、同じ詩でも「父親の視点」でしか読めないから不思議だ。
 育児と家事に翻弄されつつ、何とかかんとか、それを達成し、静かな食卓にホッとする「父親」の物語として。
    
  ・
  ・
  ・
   
 人生、長く生きるものだと思う。
 同じ詩でも、2度、異なる立場で鑑賞できる。
  
 そういえば、同様の体験が、最近増えた気もする。
  
 アニメ「エヴァンゲリオン」を見直せば、それは父親、碇ゲンドウの物語として楽しむこともできる。映画「北の国から」を目にすれば、父親・五郎の気持ちになる。
  
 僕の人生は、どうやら、まだ続く。
 もしかすると・・・物語は、新たな読まれ方を、いまだ待っているのかもしれない。
   
 そして人生はつづく
     

   
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