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2019.5.20 06:59/ Jun

パルスサーベイ(高頻度の組織調査)が「形骸化」していく、たったひとつの「理由」!?

 昨今注目されている組織調査に、いわゆる「パルスサーベイ」がございます。
  
 ここで、パルスとは「脈拍」のこと。
 サーベイとは「調査」のことです。
  
 よって「パルスサーベイ」とは「いわば脈拍をうつように、高頻度で、組織や個人の状態をリアルタイムで見える化するような組織調査」のことをいいます。3問(から10問)くらいの短い設問で、月に一度くらいの簡単な組織調査を、ガシガシと高頻度で行っていくことがパルスサーベイの眼目です。
  
 従来のサーベイ(従業員調査)は、たとえば「半年に一度」や「一年に一度」、組織や個人の健全性を「見える化」することがめざされていました。パルスサーベイでは、このインターバルをなるべく「短く」します。たとえば「月に一度」、少ない問数で、組織や個人の状態を測定することがめざされます。
  
 ▼
  
 巷で流行しているパルスサーベイですが、「有効」に用いられているところもある反面、「形骸化」が発生しているところもあるようです。これが一般化可能なことかどうかはよくわかりません。ただ、せんだって、ある会で、各社の人事担当者から、同じタイミングで、同じ内容の話題がはなされました。
  
 パルスサーベイが形骸化する「最大の理由」は、
  
「現場へのフィードバックが、高い頻度での実施についていかないこと」
  
「現場が、高い頻度でのフィードバックに慣れてしまい、マンネリ化が発生すること」
  
「せっかく現場に結果をフィードバックしても、現場のマネジャーがそれを意味づけする時間がなく、対策がおいつかず、すぐに次のフィードバックがなされ、現場に無力感が漂うこと」
  
 です。
  
 要するに
  
 現場が「パルス(脈拍)のような高頻度」についていけない
  
 のです。
  
 現場は「パルス」のために仕事をしているわけではありませんので、それもやむを得ないことです。
  
 もちろん、従業員個人に生じた「急激なストレス」を把握するとか、新入社員や中途社員のオンボーディングプロセス(組織に入ってきた際の定着度合いを測定する)とか、組織に生じた「過剰なハレーション」を「異常値検知」して「離職」を防止する、といった内容でパルスサーベイが用いられ、それが突発的に現場に伝えられるなら、「緊急対応が必要な事項」なので、ただちに対策がとられます。
  
 しかし、それ以外の場合で、高頻度でデータをフィードバックされても、
  
「調査結果が、大量のメールに埋もれる=現場へのフィードバックが、高い頻度での実施についていかないこと」
  
「結果を見ても、慣れっこになってしまい、無視される=現場が、高い頻度でのフィードバックに慣れてしまい、マンネリ化が発生すること」
  
「結果を見ても、考えて対策をとる時間がなく、次が来る=現場のマネジャーがそれを意味づけする時間がなく、対策がおいつかないこと」
  
 といったことが起こる可能性が高いようです。
  
 もちろん、これはパルスサーベイだけに起こりうることではありません。一般的な組織調査でも、事態はまったく同様です。
 しかし、一般的な調査では、頻度があまり高くない分だけ、まだ「時間がある」。ここに現場の人々が、データを消化し、ものを考える時間があることが違いのようです。
    
 加えてパルスサーベイは、「じっくりとデータを見つめて、組織を変える」とか「組織をどのように運営するか、大きな戦略をたてる」という場合には、データ数が限られていることもあり、なかなか難しいところもあるようです。
  
 たとえば、いま、組織調査を「健康診断」にたとえてみましょう。
  
 健康診断の項目は、血液検査を考えればすぐにおわかりのとおり、大量の要素・検査項目から「体の不調」を診断します。健康診断が、たった3つの検査項目だけで終わるのだとしたら、医者は「身体の不調」を判断できるでしょうか。そして、成人病にならないように、体質改善を行うための戦略を立てうるでしょうか。
  
 要するに、そういうことです。
  
 ▼
  
 今日は「パルスサーベイ」について書きました。
  
 いずれも、パルスサーベイそのものが「悪い」わけではございません。それは使途を見定めて、形骸化をさけるべく丁寧にフィードバックを行っていけば、非常に有用なツールです。
  
 しかし、パルスサーベイを導入する際には、導入する組織や現場のマネジャーが、パルスサーベイを本当に受け入れる素地、文化があるかどうかは、一考したほうがいいように思います。
  
 パルスサーベイは、高頻度で行われるフィードバックを受け入れる素地がなければ、機能しない可能性が高いものです。そこには高いフィードバック文化が必要であるように思います。
  
 これは以前から申し上げていることですが、
  
 「データ」そのものが、現場の変革を導くのではありません(下図の上)。
 「データ」が、現場のマネジャーや部下に「理解」され、「対話」をとおして「意味づけられてこそ」現場に変革が生まれます(下図の下)。
 

   
 要するに、サーベイの「あと」の意味づけや対話に対して、どれだけ時間をかけるか。
 投資を行うか、ということです。
    
 そして人生はつづく
    
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