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2019.5.17 07:01/ Jun

「スペック転職」から「ストーリー転職」へ:「転職学」がひらく未来!?

「スペック転職」から「ストーリー転職」へ
  
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 先だってのトヨタ自動車・豊田章男社長が、下記のご主旨のご発言をメディアでなさいました。
  
「雇用をずっと続けている企業へのインセンティブがあまりない」
「なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」
  
 このご発言は、各所に波紋を投げかけています。
  
 ひとによっては「1990年代、成果主義が叫ばれた時代」のことを思い出し、世の中が「終身雇用が終わる」とされた頃を思い出す方もいらっしゃいます。そうした方々の思いは「また、きたか」です。
 他方、1990年代と2020年代は、「終身雇用が維持できない」の意味は相当に異なる。このご発言を、「トヨタのトップが発言するほど、危機が迫っているのか」と認識する方もいらっしゃいます。
 なかには、「70歳までの雇用延長を努力義務にする」という政府の方針に反対して、こうした発言をなさったのだろうと考える方もいらっしゃいます。
  
 どこかに「答え」がひとつだけ存在するわけではありません。でも、どこかで、わたしたちは、わたしたちにヒタヒタと忍び寄っている脅威を、ハダカンでは、認識しているのかもしれないな、とも思います。
   
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「終身雇用が維持できない・・・そこにインセンティブがない」・・・ということは、これまでよりも、世の中に、離職・転職が、少しずつ増えていく未来となります。
 こうした背景のなか、中原研究室とパーソル総合研究所とパーソルキャリアは、現在、「転職学」という研究領域の創出に取り組んでいます。「残業学」の第二段プロジェクトとして、目下、絶賛、進行中です。
 
  ▼
   
 転職学では、我々が残業学で生み出したものと同じように、様々な新たな概念が、日々、生み出されています。
  
 転職の言説空間では、「市場価値」や「転職限界説」など、様々な紋切り型の概念が用いられています。が、わたしたちは、それらをいったん疑うことから、議論をスタートさせています。
 むしろ「学習」や「物語」といった、わたしたちが得意とする人文社会科学の新たな視点から、転職の言説空間で用いられている概念を、再度、定義し直すことが、わたしたちが試みるべきことです。
    
 そのひとつが、
    
 「スペック転職」から「ストーリー転職」へ
    
 というものです。
 これは、転職の際に、「何」が求職者の潜在的能力を推し量る「企業側の判断基準」となるのかを端的に示す言葉です。
      
 20代の若い自分には、出身大学、今現在つとめている企業の社格(企業規模)といった外的基準ーいわば「人材のスペック」が、転職の際に、まだ参照されることもある。これが、いわゆる「スペック転職」です。
      
 一方、しかし、20歳も後半になってくると、こうした外的基準が、転職の際の人材の価値を規定しなくなる。つまり「ものさし」が変わる。
 そうしたあとに浮かび上がってくるものが「ストーリー転職」です。転職の際に、人材の価値を推し量る基準として「ストーリー(物語)」が、企業から求められるようになるのです。
    
 ここで、「ストーリー(物語)とは「おとぎ話」のことではありません。ストーリーとは「出来事の進展をしめす意味のつながり」です。
 そして、転職時に用いられているストーリーの形式として、もっとも頻繁に登場するのは、「課題解決のストーリー」です。
    
 すなわち、ある程度、年齢を重ねたあとの転職では、
    
 1.あなたは、これまでの仕事において、
 2.何を「課題」として設定して
 3.みずから、どんな仮説をもって
 4.どんなことを為して
 5.どんな成果をだしてきたのですか?
     
 という首尾一貫したストーリーが求められます。むろん、それらと「転職の動機」と「転職先を選んだ理由」が首尾一貫性・合理性をもつことが重要なことはいうまでもありません。
   
 ここで重要なのは「成果」は必ずしも、ポジティブである必要はないということです(ポジティブならいいでしょうけど・・・)。
 場合によっては「うまくいかなった」「失敗した」というストーリーでもいい。ただし、その場合には、リカバーショット(それをどのように捕らえ、次に何を為すべき事が重要だと考えているのか?)が重要です。
  
 すなわち、
  
「あのときは失敗したかもしれない。でも、もし仮に、あなたが「今の脳みそ」だったら、もう一度、それにどのように取り組みますか」
  
 ということに、本人がいかに意味づけを行えているかどうかが問われます。
 転職時には、この物語要素に対して、本人の主体的な意味づけが存在しているかどうかがポイントになるのかな、と思います。
  
  ▼
  
 そう考えますと、転職の際にお世話になる「転職代理人(転職エージェント)」の役割も、新たに定義され直されることになります。

 世の中の転職言説空間では、
      
 「転職代理人(転職エージェント)」とは何か
  
 ということに対する概念定義がないままに、
  
 「転職代理人(転職エージェント)」とのつきあい方とか、見抜き方を論じている言説
  
 が非常に多く見受けられます。
 しかし、「定義」や「役割」が規定されていないのに、その本人と、どのように「つきあうか」だけが論じられているのは、わたしには非常に不思議に感じます。
   
 個人的には、
  
 「転職代理人(転職エージェント)」とは、転職者の「仕事の課題解決ストーリー」を紡ぐお手伝いをする支援的役割をもつ「ビジネスパーソン」である

 というとらえ方が今はしっくりきています。
 支援的役割をもつ存在でありながら、ビジネスパーソンでもある、というところに、転職代理人の苦悩が存在しますが、それは、また別の機会で論じることにしましょう。
  
 転職学では、こうした新たな概念を複数、創造しながら、数万人規模の大規模調査の知見をもとに、既存の転職論を語り直すことを意図しています。

 6月、本調査がはじまります。
    
  ▼
  
 今日は、今、現在、中原研究室が取り組んでいるプロジェクト「転職学」について、「スペック転職」や「ストーリー転職」という概念をご紹介しながら、お話をしてきました。
  
 なかには、
  
 転職と言っているけれど、これは、新卒でも言えることだよね
  
 と思われている方もいらっしゃると思います。
「そうです、程度の差こそあれ、同じこと」なのです。
  
 そして、それが同じ理由は、
  
 ひとが、そもそも目には見えない「第三者の能力」を推し量るためには、どのような認知的メカニズムの制約を受けるのか?
    
 というところから考えていく必要があります。
 僕としては、このあたりで、ジェロム・ブルーナーの「物語 vs パラディグマティック論」との接合をはかりたいのですが・・・。また、それは別の機会で。
    
 このプロジェクトは、パーソル総合研究所とパーソルキャリアさんとの共同研究で遂行されています(心より感謝いたします!)。
 中原がコラボさせていただいているのは、今回3回目のタッグを組むパーソル総合研究所の小林さん、櫻井副社長、渋谷社長。そして、パーソルキャリアの吉村さん、平田さん、影山さん、藤田さん、そしてdoda編集長の大浦さん、執行役員の勝野さんらです。ありがとうございます。皆さんとの議論は、とても楽しく、毎回、楽しみながら知的探究を進めています。
 かくして、多くの方々との議論の中から、新たな研究領域を生み出していきたいと考えています。
  
 我々の知的探究は、きっと、
  
「雇用をずっと続けている企業へのインセンティブがあまりない」
「なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」

 という世の中の「荒波」に負けず、自らの仕事人生を切り開いていく人々を、影ながらサポートしていく未来につながるのではないか、と考えています。
  
 そして人生はつづく
  
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教員の働き方改革 横浜市教委と書籍化 小中30校の実態調査、データを元に提案
https://mainichi.jp/univ/articles/20190510/org/00m/100/014000c
  
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