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2018.2.21 05:18/ Jun

質的研究を支える「哲学・思想」を1冊で学べる本!? : 「質的研究のための理論入門ーポスト実証主義の諸系譜」書評

「ありそうでなかった本」であり「ないものはない本」でもある
   
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 本書「質的研究のための理論入門ーポスト実証主義の諸系譜」(プシュカラ・プラサド著、箕浦康子訳)を読み始めたとき、脳裏に思い浮かんだのは、この一言でした。
  
 
  
 本書「質的研究のための理論入門」は、ポスト実証主義とよばれる思想・哲学のエッセンスを「質的研究のパラダイム」に「ひきつけた」うえで、1冊で解説してくれる本です。
  
 一般に、人文社会科学の場合、研究とは、認識論・存在論・研究方法論が「三位一体」になって構成されるといわれます。
 このうち研究方法論は、いわゆる「定性的な手法」「定量的な手法」など、具体的な調査の方法を思い起こせばよいので、比較的、イメージがつきやすいのですが、問題は「認識論」や「存在論」ーすなわち研究を支える哲学・思想にあたる部分です。
  
 便所スリッパで後頭部をひっぱたかれるのを覚悟して、認識論と存在論を、研究方法論にひきつけて、ワンセンテンスでのべるならば、
  
 存在論とは、研究対象(知識)とは、どのようなものなのかに関する考え方
 認識論とは、研究対象(知識)を、研究者はいかに認識できるかに関する考え方
  
 です。
  
 そして、研究をおこなうときには、これらに関する知識を深め、それらと理論的一貫性のある研究方法論を選択することが求められます。人文社会科学の研究者が、哲学や思想について、ある程度理解していなければならない理由は、ここにこそあります。
  
 要するに、あなたは
  
 どういう研究対象を(存在論)
 どういう風にみることができると考えて(存在論)
 具体的にどうアプローチするの(研究方法論)
  
 ということが問われるのですね
  
  ▼
  
 しかし、問題は「ここから」です。
   
 調査、サーベイなどの「定量的な手法」に関しては、一度、科学史や科学哲学の授業を受ければ、その背景にある考え方である「実証主義」は、比較的にイメージがつきやすいものです。
  
 しかし、定性的な手法の背景にある思想ーポスト実証主義とよばれる思想は、そう一筋縄ではいきません。
     
 本書で数章をかけて解説されているように、それは様々な流派があり、多岐にわたっています。その系譜を整理し、1冊で学べる本は、冒頭に書きましたように「ありそうでなかった」ということになります。
   
 そして、この本の最大の特徴である「網羅性」は目を見張るものがあります。
  
  シンボリック相互作用論
  解釈学
  ドラマツルギーとドラマティズム
  エスノメソドロジー
  エスノグラフィー
  記号論と構造主義
  史的唯物論
  批判理論
  フェミニズム
  構造化と実践の理論
  ポストモダニズム
  ポスト構造主義
  ポストコロニアリズム
  
 ありとあらゆる思想や哲学が、その理論的系譜を整理しながら(コンセプトマップらしき系譜図がついてます)解説されています。
 おおよそ、定性的な調査を志すうえで、必要なものはそろっている。そういう意味で、冒頭、僕は「ないものはない本」とよびました。
 もちろん、本書は、初学者の「最初のとっかかり」として有効であることは言うまでも無いことです。本気で定性的な研究方法論を行うのならば、その方法に合致した、それぞれの理論を、それぞれの専門書でさらに読み進めなければなりません。
  
 かくして本書は「ありそうでなかった本」であり「ないものはない本」ということになります(めでたし、めでたし)
  
 
  
  ▼
  
 今日は「質的研究のための理論入門ーポスト実証主義の諸系譜」を紹介させていただきました。個人的に興味深かったのは、本書を読んで、自分の理解には、かなり「濃淡」があると発見できたことです。
  
 さすがに、僕も、ミドルエイジににさしかかっておりますので、これら各章の理論について、「今日、はじめましてですね、こにゃにゃちわ」ということはございません。
  
 ただ、自分がかなり勉強したところと、「へーほーはーふーん」と本を読み飛ばして勉強したところには、かなり知識に濃淡がありました。まだまだ修行をしなくてはならないと思った次第です。ちなみに、本書の著者プラサドは経営学者であり、引用されている知見も、経営学の事例が多いものです。こうした点も非常に勉強になりました。
  
 まだまだこれから
 そして人生はつづく
  
  ーーー
  
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