NAKAHARA-LAB.net

2007.12.13 09:59/ Jun

鼻の穴小さすぎるんですけど:内視鏡検査室にて想う

 嫌な予感はしていたのである・・・目の前に現れた「お医者さん」の顔を一目見たときから。
 どことなく不安げで、どことなくそわそわしていて。こういうのを第六感というのだろうか。「いやぁまいったなぁ、できるなら、別の日にしたいなぁ」と感じたのである。
 —
 昨日、胃の内視鏡検査を受けた。
 僕は、もともと持病があり、人間ドックのときには、バリウムではなく、すすんで内視鏡を受けることにしている。ともかく昨日はその日であった。
 内視鏡は、鼻からのものを選ぶ。ここ1年~2年、鼻から挿管する内視鏡ができて、ずいぶん患者の負担は楽になった。
 僕の場合、口からの内視鏡で検査する場合には、あんまり苦しいので鎮静剤を打ってもらい、意識レベルを下げてもらう。しかし、鼻からの内視鏡では、それも必要ないくらい楽になった。ここ数回は、鼻からのもので検査している。
 —
 所定の準備を終え、検査室に入る。
 「それでは始めます」
 オドオドしたお医者さん – オドオド君がそう言って、内視鏡を鼻に入れはじめる。が、これが、なかなか入らない。
「おかしいなぁ・・・」
 僕の目の前のモニタには、10倍くらいに拡大された僕の鼻毛が、「ひょんなところでお会いしますねー」という感じで、ゆらゆら揺れている。
 何度やっても内視鏡は入らない。あんまり入らないので、看護婦さんがフォローしはじめる。
「もともと、鼻の中の穴が小さい人の場合は、鼻内視鏡は無理な場合もあります。その場合は、口からの内視鏡で検査になりますけれども」
「おかしいですね・・・残念ですが、中原さんは鼻の穴が小さいみたいで内視鏡が入りません。口からにしてもらってもよろしいでしょうか」
 アホか! 内視鏡が入らないのを人の「鼻の穴」のせいにするんじゃない。これまでだって、他の病院で3回も鼻から検査を行っている。
「悪いのは、オマエの腕だ!」
 そう言いたくなるのをグッと押さえて、我慢する。しかし、ホントウの「地獄」はここからはじまった。
 なにせ、このオドオド君は、そもそも内視鏡が「へたくそ」なのである。一年に何度かは検査をしているので、お医者さんのテクニックの違いは、すぐにわかる。オドオド君は、口からであろうが、鼻からであろうが、内視鏡の検査そのもののテクニックがない。
 手ににぎっている操作グリップを右によじっては「あれっ、ここが見えないなぁ」と言い、左によじっては「あれ、行きすぎた」と言っている。不安であることこの上ない。
 おまけに、僕はいつものように鎮静剤を使っていないので、意識は明瞭だ。オエッ、オエッという吐き気が、何度も何度もおそってくる。苦しいことこの上ない。
 結局、検査は15分以上もかかってしまった。いつもの3倍くらいである。
 帰り際、オドオド君に「すみませんね、研修医なのです。あまり慣れていないもので、ご迷惑をおかけしました」と言われた。「はい、先生も頑張って勉強してください」とだけ声をかけた。
 —
 いやー、それにしても、「惨い目」にあった。
 まぁ、でもそれでも・・・・一方で「それも仕方ないかな」と思う。誰もが最初から「熟達者」であるわけではない。最初から内視鏡をスルスルと操作できる人はいないし、鼻から挿管できるわけではない。誰もが最初は「へたくそ」なのである。
 結局、医者が「一人前」になるためには、それとつきあわざるをえない「患者」がどうしたって必要である。患者の誰かが、必要以上に「痛み」を感じたり、「不快感」を感じたりすることが、どうしても、必要になる。
 —
 振り返ってみれば、世の中には「即戦力」という言葉があふれている。でも、正直にいうと、僕はこの言葉を聞くたびに「違和感」を持たざるをえない。
 ノービスよりも、すぐに「使える」熟達者が欲しいのは、雇用者の立場にたてば、誰だってそうだ。あなただって、そう。そして、僕もそう。
 でも、「誰もが最初はノービスなのだ」から、彼を「熟達者」にするためのコストは、社会の誰かが支払わなくてはならない。
 誰かが「即戦力人材」を得ることができるということは、かつて「右も左にわからないペーペー」に知識や技術を教えた人がいたということである。
 だから人材育成のコストを支払いたくないため「初心者」を避け「即戦力人材」を過剰に求める風潮には、「いいとこ取りすんじゃねー」と感じてしまうこともないわけではない。
 もちろん、誰かの「熟達化」にかかるコストが、「命」にかかわるのならイヤだ。でも、少々のことは「仕方ない」と思って諦めなければならない。「なんで他の誰かではなく、オレなんだ」と思うこともあるけど、それも巡り合わせ。致し方ないことである。
 そういえば、知人のAさんは、昨日、大腸内視鏡だったそうで、やはり研修医にあたり、見事失敗したそうだ。
 大腸内視鏡の場合、下剤を大量に飲んで腸の中をすっかりキレイにしなければならない。彼は2日連続で下剤を飲む羽目になった。
 Aさんは言う。
「若者にはそれなりの試行錯誤がどうしても必要なのです。前向きにつきあいましょう」
 —
 今は「一人前」になったあなた。あなたはもう忘れてしまったかもしれないけれど、あなただって、あなただけの力で「一人前」になったわけではない。
 人が学ぶこと、一人前になることに対して、社会全体でコストを支払う。これに関しては、前向きに、かつ、寛容な社会であって欲しい、と、ペーペー教育学者としては、そう思う。

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