2021.5.23 20:14/ Jun
新刊「中小企業の人材開発」(中原淳・保田江美著)が、東京大学出版会より発売されました。
「中小企業の現場においては、いかにして、人が仕事の上での成長をとげているのか」
を論じた「ガチ・研究専門書」です。もし、この研究領域にご興味をお持ちでしたら、ぜひご高欄くださいませ。
「中小企業の人材開発」(中原淳・保田江美著、東京大学出版会、2021年)
https://amzn.to/3fU8Koz
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中小企業・・・それは、長いあいだ、人材開発研究の「ブラックボックス」であった気がします。
日本の企業数の99.7%、従業員数の68.8%が中小企業
である事実は存在しつつも、それらに、ながく学問的にアプローチされなかったのは、なぜか。
本書は、こうした問題提起からはじまり、徐々に、中小企業の「内部」へと、メスを入れていきます。
データになったのは、従業員300 名未満の350社の中小企業の皆さんが回答して下った質問紙調査とヒアリング調査です。
質問紙調査は,トーマツイノベーション株式会社の皆様(現・株式会社 ラーニングエージェンシー)と中原研究室の共同研究として達成され、3000名弱の回答をえて、終了しました。またヒアリング調査は、中小企業の経営者1名、人事担当者4名、管理6名、一般従業員4名の皆様に、この調査の解釈を補強する意味で、行わせていただきました。
この場を借りて、株式会社 ラーニングエージェンシーの眞﨑大輔社長、伊藤由紀さん、木下桃子さん、ほか同社の皆様に、心より御礼を申し上げます。
本書の目次は下記の通りです。
ーーー
第1章 中小企業の人材開発
1.1 人材開発研究の普及:社会的背景と研究動向
1.2 職場における人材開発にアプローチする3つの学習理論
1.3 中小企業を対象にした人材開発の先行研究
1.4 調査および分析に用いるデータの詳細
1.5 小括
第2章 中小企業の実態:組織と人の側面から
2.1 調査企業の実態
2.2 経営者の実態
2.3 管理職の実態
2.4 一般従業員
2.5 小括
第3章 中小企業における人材開発施策
3.1 人材開発施策の概要
3.2 人材開発施策の公式化:企業規模による影響
3.3 企業規模と人材開発制度の利用率との関連
3.4 人材開発施策の公式化・整備と企業パフォーマンス
および従業員の成長との関連
3.5 小括
第4章 一般従業員の現場における学習
4.1 現場での学習への接近:そのための理論的考察
4.2 分析に用いた尺度
4.3 結果と考察①:職場学習による影響
4.4 結果と考察②:経験学習による影響
4.5 結果と考察③:顧客からの学習による影響
4.6 小括
第5章 管理職の現場における学習
5.1 接近のための理論的考察とリサーチクエスチョンの提示
5.2 分析に用いた変数および尺度
5.3 結果と考察①:研修のあり方の影響
5.4 結果と考察②:挑戦的な業務経験の影響
5.5 結果と考察③:経営者のサポートの影響
5.6 小括
第6章 総合考察
6.1 本研究のまとめ
6.2 実践的示唆
6.3 学術的貢献と今後の研究課題
6.4 結語
ーーー
目次をざっとご覧いただければわかるように、「ザ・博士論文」のような構成です(笑)。好きだねー、2度目の博士論文? それは冗談として「ザ・学術」の体裁で書きました。
1章で中小企業の人材開発にまつわる先行研究のレビューを行い、2章では、調査対象となった中小企業の人材開発の各種データを読み解いていきます。
ここでとりわけ印象的だったのは、中小企業においては、一般従業員よりも「管理職の人材開発」が急務である、成果を残せていない、と考えている経営者の方が、とにかく多かったことです。「管理職の人材開発の機能不全」は「カスケード」されて、結局は回り回って「一般従業員の人材開発の機能不全」につながります。この悪循環を、いかに断ち切るかがポイントであることがわかりました。よって本書でも、管理職そのものの育成について1章をさいて考察しています。
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3章では、人材開発の「制度」、人事「制度」がいかに、現場の人材開発を後押しできているのかを考察しました。
残念ながら、われわれが研究対象とした中小企業においては「制度のあり、なし」が現場にインパクトを与えていることは、非常に限定的でした。よって、わたしたちは、日々、ひとが仕事をしている「中小企業の現場」にメスを入れることを試みます。
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4章・5章では、それぞれ、一般従業員の現場における能力向上、管理職の現場における能力向上を分析しています。
「経験学習」「職場学習」などのおなじみの概念はもちろんのこと「中小企業ならでは学び」と思われる「顧客からの学び」、そして「経営者による管理職育成の効果を考察していきました。それぞれ実証的に探究を進めます。
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6章においては、それぞれの章を総括したうえで、今後の研究の展望を述べます。
本書の結論を端的に述べてしまうと、
中小企業の人材開発は、大企業のそれと「基本的構成要素」が同じながらも、その社会的相互作用(職場にいる人数・やりとりの質の違い)の異なりによって、それとは「異なる部分」がでてくる
ということになります。
ですので、大企業の人材開発メカニズムを、中小企業に、そのまま用いることはできません。基本は似ているけれど、細部では異なる。
この事実から、さらに、筆者たちは考察を深め、本書の最後に「人材開発研究のあり方」そのものを内省します。
すなわち、
「企業規模や、その他の社会的条件によって、人材開発メカニズムが変わってしまうのなら、研究者は、いかにして人材開発研究を行っていけばいいのか」
ということに関する考察を行っているのです。
そこで筆者らが用いた概念が「科学知」と「臨床知」そして「領域固有」「知見の還元可能性」「中範囲の理論」です。
「臨床知」といえば、今から20年以上前、哲学者・中村雄二郎が論じた「臨床の知」の概念を思い出しますね。臨床の知は、科学知とは異なり、多様なひとびとが抱える意味や意義とかかわりあいながら、つむがれる知です。
一方「領域固有性」は、学習論・認知科学の言葉。ひとびとの認知は、固有の文脈や領域に「ひもづいて」発揮されることをいいます。
「知見の還元可能性」は僕の造語。僕の考える人材開発研究は、現場に研究知見をフィードバックするループを持ちたいと願っていることを表現しています。
さいごに「中範囲の理論」は、社会学者マートンの言葉です(詳細は省きます)。グランドセオリー(大規模に、どこでも成立する理論)とは異なり、「中範囲の理論」とは「特定の時間、特定の文脈、特定の場所に限定されて意味をなす理論」のことをいいます。
これらの概念を用いながら、筆者らの主張を端的に表現してしまえば、
人材開発研究の知見は「領域固有=中範囲の理論を志向する」ということになります。しかし、これを「悲観」するのではなく、現場と「ともにあること」さえできれば、現場にもっともフィットした「知見の還元可能性」を高めることができるはずである、と筆者らは考えます
その際には、研究者側が、科学知を発揮するだけではなく、右手に科学知を抱えながらも、左手で臨床知を発揮しなければならない。すなわち、多様なひとびとにかかわり、彼らの生活世界の意味をつむぎ、彼らと「ともにあり」ながら、現場を変えることに関与していく必要がある
より具体的には、特定の現場を対象にした、特定のサーベイの知見を、現場にサーベイフィードバックすることなどを通して、現場に「対話」を導き、現場の変革につなげる姿勢などが、必要とされるだろう。
今後の人材開発は「科学知」だけで達成できるものではなく、現場と深くかかわる「臨床知」とともにあらねばならない。
人材開発研究者は、それぞれの現場に適した人材開発のあり方を模索する際、その現場にもっともフィットした知見を、現場にかかわり、物事の多義性と向き合い、現場と共同するなかで生産しなければならない
ということになります。
そのうえで、人材開発研究は、今後、科学知だけに依存するのではなく、臨床知を発揮しながら、達成されなければならないことが述べられて、結語を迎えます。
この終わりは、多くの余韻を残すことになってしまいましたが、僕の今後の著作で、より深い洞察をしていきたいと願っています。執筆ははじまっておりますが、まだ全体の五分の1。おそらく刊行は少し先。どうかお楽しみに。
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このように「中小企業の人材開発」は、久しぶりの「ガチ of ガチの学術研究書」です。
筆者らの蒔いた種は、非常に小さなものですが、ここから、わたしたちの研究をアップデートし、上書き保存する、より多くの研究が生まれることを願っています。
最後に、本書の執筆においては、株式会社ラーニングエージェンシー株式会社の眞﨑大輔社長、伊藤由紀さん、木下桃子さん(旧・トーマツイノベーションの当時の社員のみなさま)、また、東京大学出版会の木村素明さんに、ひとかたならぬ尽力をいただきました。また調査にご回答いただいた多くの皆様にも心より感謝する次第です。本当にありがとうございました。心より御礼を申し上げます。
ここまで6年かかりました。
とはいえ、なんとかかんとか、この「長い戦い」を、共著者の保田さんと「ともに完走」できたことをうれしく思っています。毎月1度の研究会は、楽しかったです。
ありがとう&お疲れ様でした!
そして人生はつづく
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