あなたは大学生になれていますか?

2001/12/24 Update

 僕がこのエッセイの表題にたてたのは、「あなたは大学生ですか?」でもなく、「あなたは大学生になれましたか?」でもないです。タイトルの含意は、「あなたは自分が大学生だというけれど、本当に大学生になれているんですか?」ということであるのですね。

 僕の勤務している研究所は、「高等教育とIT」を研究しちゃいなさーい、というところなので、大学の噂や各種の情報、統計資料はいろいろなチャネルから入ってきます。バーチャルユニバーシティとか、国立大学法人とか、まぁ、現在の大学ほど大揺れに激震の走っている教育機関はきっとないでしょう。

 ところで、日々流れてくる大学の情報の中で、最近、特に多いのが大学が近年実施しはじめた「リメディアル教育」に関するものです。辞書を引くと、リメディアルとは

re・me・di・al
1. 治療する,治療上の
2. 救済的な; 矯正的な,改善的な.
3.【教育】 補修的な.

[株式会社研究社 新英和・和英中辞典]

 とあります。要するに、「リメディアル教育」とは「大学生としての基礎的な知識のない学生に、救済的に、補修を行うこと」ですね。これは本当に広がっています、ほとんどとは言いませんが、多くの大学がリメディアル教育を学生に対して行うようになってきているのですね

 マーティン=トロウを持ち出すまでもなく、大学の量的拡大は、質的変換をもたらすと言われています。要するに、「これまで大学には決してこなかった層」が大学にエントリーしてくることから大学の量的拡大(=大衆化)がはじまり、そこに集う者の、質的な転換につながるんですね。

 これが現象として現れでたのが、きっと学力低下というヤツでしょう。もちろん、近年の入試の科目減少も、リメディアル教育を行わざるをえない状況を作り出していることは言うまでもありません。

 しかも、今は大学経営の冬の時代ですから。どこの大学だって、大学生の質を問うなどの悠長なことはいってはおれないわけです。最低限の条件をクリアすることは必要でしょうが、あまり過剰に敷居を高くしても、経営的には苦しくなります。必然的に、大学は、そこに入りたいと願う者を、無条件で受け入れるようになってくるのですね。よって、学力低下はさらに加速していきます。

 だから、大学っていうのは、ものすごい「葛藤」に立たされていると思います。経営的には、大衆を受け入れざるを得ないんだけど、でも、専門的知識を教える教育機関としての大学としてのアイデンティティも保たなアカンという感じです。

 専門的知識はすっとばして、リメディアル教育だけ力をいれるってことになると、それはもう大学じゃないわけですね。大学が予備校化してくるってことになっちゃうわけですね。

 結構、背筋が凍り付く話もよく聞くようになりました。

 たとえばですね、ある工業大学で実験のレポートがあるんですが、そのレポートを書けない学生が増えているというのです。さらには、実験の手順書も読めない学生がポツポツとあらわれてきたっていうんですね。これは恐ろしい話です。なにせ、自分の母国語である日本語ができないわけですから。

 またある大学では、英語の時間に「Be動詞」と「一般動詞」を重ねて使用してしまう学生が頻発しているそうです。

 I am go to the movie.

 とやっちゃうということですね。まぁ、たぶん、上の文章でも海外では意味が通じると思いますが。

 ここからは僕の予想なんですが、たぶん、大学の量的拡大は、ある水準まで、つまりは潜在的に大学にいきたいと思ってきた社会階層がすべて大学に入学するまで、どんどんと進行していくと思います。

 最近の大学は、学生の青田買いのために、AO入試や推薦入試の枠をどんどんと増やしていますが、そのことは、このウゴキにさらに拍車をかけるでしょう。質はそれほど問わずに、とりあえず、学生を確保したいということですね。

 そして、これからますますリメディアル教育のニーズは高くなっていくのではないでしょうか。もしかすると、一部の大学は、リメディアル教育の機関になってしまうかもしれません。そう、遠くない未来に。


NAKAHARA,Jun
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