Essay From Lab : 雑感、不夜城にて

0. プロローグ

 先日3月15日、16日と再びNHK放送センターを訪問させていただき、生放送テレビ番組「インターネットスクール:たったひとつの地球」が放映されるそのプロセスを観察させていただくことができた。2月の生放送も観察させていただいたから、今回で観察も2回目。前回は生放送当日のみの観察であったが、今回は、前日から回線チェックや各種打ち合わせまですべてを観察することができた。まずは、このような機会を与えてくれた山内さん(茨城大学)、箕輪さん(NHK学校放送番組部)、およびNHKのスタッフの方々に感謝を述べたい。僕のようなワケノワカラナイ人間がスタジオやミーティングルームや放送センター内部をチョロチョロしていて、ホントウにご迷惑をおかけしたと思います。本当にありがとうございました。

 さて、前回の生放送の観察では、そのプロダクトを「生放送のエスノグラフィー」という雑文にして公開させていただいた。生放送のエスノグラフィーは、どちらかといえば、ワークプレイス研究(仕事場研究)とよばれるフォーマットで、「どのような制約もとで、スタッフの方々がどのような道具を用いて生放送という実践を達成しているのか?」という、問題関心にしたがって書いたものであるゆえ、どちらかというと「りさーちりさーち」しているレポートであった。同じことを2度やることはオモシロクないし、僕の生き様にも反しているので、今回は、やや趣を変え、どちらかといえば旅行記風の文章にしたいと思う。要するに、写真などをふんだんにいれて、軽めに書きました。

 ちなみに、「不夜城」というのはカネシロタケシ主演の映画からパクッてきたタイトルだが、今回NHK放送センターを訪問させていただいて、この場所がまさに「不夜城」であることを改めて感じた。

 放送はとまらない。それは放送として流される現実の世界も、決してとどまることをしらないからである。そして、放送に関係する人々も決してとどまることをしらない。すべては泡沫のように。まさに方丈記的世界である。というわけで、放送に関係する人々の健康を祈りつつ、敬意をこめて、この「不夜城」というタイトルをつけさせていただくことにした。

2000年3月15日:生放送前日

1. 回線チェック

午後2時に放送センター西口にくるように箕輪さんからメールをいただいた。回線チェックが午後2時からはじまるから、それから観察をはじめるといいですよ、とのことであった。


泣く子も黙るNHK放送センター

 3月16日の放送は、北海道の佐幌小学校と沖縄の辺土名小学校をISDNテレビ回線で結んでの月一回の生放送である。「回線チェック」とは佐幌小学校と沖縄の辺土名小学校をむすんでみて、技術的な確認、たとえば画像や音声の乱れの修正などを行うことである。

 回線チェックは副調整室(以下、副調)で行われた。副調の様子は、前回のレポート「生放送のエスノグラフィー」に図示してあるとおりで、以下のようになっている。

    
副調の様子

 箕輪さんにつれられて僕が副調に入ると、そこには音声さんやTD(テクニカル・ディレクター)さん、そして、当日のPD(プログラムディレクター)の森さんや、3月1日にNHKに入局したばかりという佐藤さんらがいた。佐藤さんは、「まだホヤホヤですよー」と言っていた。「ホヤホヤということは温かいんだろうなぁ」とアホなことを僕は考えていた。

音声さん

PDの森さん

 回線チェックは、佐幌小学校から行われた。PDの森さんが中心になって、技術的なチェックが行われていく。しかし、どうもこの場で確認されているのは、それだけではないらしい。あとでPDの森さんが語っているコトバから類推するに、たとえば「子どもの元気のよさ」や「セリフのうまさ」などを確認しているらしい。確認されたこの種の情報は、15日10時から行われた前日打ち合わせで、スタッフに報告されていた。

 佐幌小学校の回線チェックが終わり、次は辺土名小学校である。しかし、ここでトラブルが発生した。音声の入出力がNGとのことであった。結局、このトラブルを解決するために、2時間ほどかかった。原因は副調のケーブルにあったようだが、「どこが悪いのか?」を特定するのに、時間がかかったようであった。テレビ会議システムをつくっている会社、相手校、そしてスタッフのあいだで、何度も何度も電話がやりとりされ、問題部分を特定しようとするが、その特定が本当に難しい。やりとりは主に電話でなされていたが、音声でインターフェースを伝えようとするのは、結構骨の折れる作業である。この種のことは僕も経験しているが、「ネットワークというのは一度トラブルがおこると本当にヤッカイなもの」なのだ。第一、ケーブルの接続不良なのか、ハードが悪いのか、ソフトが悪いのか、症状からでは特定できないことが多すぎる。1時間ほど作業を見ていたが、本当に同情してしまった。


トラブル発生:音声の入出力がNG

 佐藤さんはいう。

「放送に関しては、みんなプロなんですけど、通信の領域となると、本当に難しいですね」

 通信と放送がリンクするような今回の番組のような場合、このようなトラブルが頻繁に発生するのであろう。これからそのような番組が増えることを考えると、うち捨ててはおけない問題のように感じた。つまり、領域(ドメイン)を越境した知識、そうした知識をもつ主体が求められており、その主体の育成のために、どのような組織内教育が行われるべきか、という問題が残ることになるからだ。この問題は、どこぞの国の教育問題にもすっぽりとあてはまる。教科という枠組みを超えた知識、そうした知識を自らつくりあげることのできる主体、そうした主体の社会的要請が強くなってきている。

2. 結城さんに話を聞く

 回線チェックを行っているあいだに、その場に少しだけ居合わせたアナウンサーの結城さんにお話を伺うことができた。前回の生放送のエスノグラフィーのときに生じたいくつかの疑問についてお聞きすることができた。僕がもっていた疑問というのは、第一に「セリフは暗記しているのですか?」ということ、第二に「出演者間の役割の分業ってあるんですか?」ということである。


結城さんと森さん佐藤さん(左から)

 第一の疑問に関して、結城さんは言う。

結城さん「セリフは基本的にすべて暗記しています」

中原「でも、このあいだ観察させていただいたら、結構、セリフって変わりますよねぇ」

結城さん「そうですね、でも、この番組は変わらないほうですよ。わたしが担当しているおはよう日本なんて、本当にめちゃめちゃになることもありますから。(中略)アドリブとかはいることもありますが、でも、これって結構難しくて、あんまりアドリブを入れすぎると、反応してもらえなくなっちゃうんです、他の出演者の方々に。次に誰がしゃべるの状態っていう感じで。」

 僕からすれば、この番組のセリフの変わり方についていけるだけでも、まさにミラクルなのだが、それを専門にしている結城さんにとっては、それほど障害を感じることではないらしい。

 第二の疑問に関しては、結城さんは以下のように答えてくれた。

結城さん「わたしがこの番組でやっていることって言ったら、時間の管理とフォローとトラブルシューターでしょうか。あとはおしゃべりの方は、基本的には清水さんと山内さんに任せています。時間の管理に関しては、完全にわたしの役割ですね。でも、このあいだの放送もそうだったんですが、時計(スタジオにある時間をあらわす時計のこと、副調でスタートする)を進めるのをスタッフの方が忘れてしまうことって結構あって、それから15秒ひいた時間でお願いします、とか言われることもあって、混乱することもありますね。でも、必ずスタジオには2つ以上時計がありますので、それで確認できますね」

 スタジオにはテレビ上に映し出されたデジタルの時計とアナログの時計がある。これらの時計は、可動式でカメラの移動と同時にFD(フロアディレクター)が動かすことは、生放送のエスノグラフィーで述べた。結城さんが前回狂っていたと言っていたのは、デジタルの時計の方であろう。アナログの時計がこういう場合、局所的なエラーを回避する人工物として機能する。一見2つ以上時計があることは無駄のように思われるが、スタジオには、必要でないモノは存在していないらしい。

3. フロー系とストック系

 回線チェックを観察させていただいたあと、箕輪さんにつれられて放送センター内の各部署の観察にいった。「ここは忙しい部署なので、おまえら、何しにきたーって言われるかもしれません」と言われる部署もあって、正直ビビりまくって、何者にもふれぬよう、余計なことを言わないように神妙に歩くことにした。そういう部署の様子をカメラで撮影したかったのだが、それこそ「襟首をつかまれて、ヒー」とかいう状況になりそうなので、やめた。

 各部署を早足で歩きながら、箕輪さんは言う。

「番組には、ストック系とフロー系という2つの種類があるんです。いいですか、ストック系とフロー系。ストック系というのは、ためておくことのできる番組ですね。フロー系というのは、生放送や報道のように、素材をあつめて、すぐに流してしまう番組です。学校放送は、そのほとんどがストック系です。たったひとつの地球は、そういう意味で、モノスゴク珍しい番組です。」

 箕輪さんの話を聞きながら、僕はふと考える。ストックということばに敏感に反応してしまったのだ。

 最近は、DVDなどの大容量メディアの実用化段階のテクノロジーとして展開してきており、コンテンツ不足が非常に問題になっている。つまり、モノをいれるハコはできても、肝心のハコの中にいれるモノが不足しているのだ。そのことは、研究の場にいても痛感することだ。僕らには新しいインターフェースをもつソフトウェアやネットワークシステムの開発はできても、コンテンツをつくることはなかなか難しい。モノスゴク躊躇する。なぜなら、それはものすごい人的資源と時間とお金がかかるからだ。だから、気をつけてはいても、つい適当な「ハコ」だけつくってしまい、肝心の「中身」をつくることを忘れてしまったりする。NHKにはおそらく、そうしたハコにいれるモノが豊富にストックされているのだろう。こうしたストックをもっている組織は、これから強いだろうなぁと漠然と思う。

4. 大河ドラマに行く!

 しばらく他の部署を見学した後で、箕輪さんに大河ドラマの撮影スタジオにつれていってもらった。大河ドラマは、朝の連ドラ(連続ドラマ)とニュースと並んで、NHKで最も視聴率のよい番組のひとつである。ちょうど僕が見せていただいたときは、数名の武士たちが畳をあけるシーンを撮影していたが、多くのスタッフと出演者がこのシーンのためだけに、時間をかけながら撮影をおこなっていた。箕輪さんによれば、大河ドラマには「ものすごい時間と人とお金がかかる」そうである。たとえば、セットひとつとっても綿密な時代考証をしているのだという。

「こういう風に大河ドラマに関わるようなスタッフっていうのは、NHKの方なんですか?」

 と僕がいうと、箕輪さんはこうおしえてくれた。

「いいえNHKには外郭団体があって、そこのスタッフの方もいますし、民間の方もいます。NHKがNHK以外の方に協力してもらうパターンには2つあって、1つは番組すべてを外注してしまう方式です。この場合は、完成した番組を納入してもらう感じになりますね。もうひとつは、スタッフと同じように民間の方にはいってもらう場合です。こちらの場合は、編集専門の方やプロデューサー専門の方が、内部のスタッフと同じように仕事をします。NHKはBS放送がはじまって、さらにインターネット、さらにBSデジタル放送という感じで、業務が拡大しているのですが、こういう外の人材を活用しなければもうやっていけない感じになっています。でも、それと同時に問題になっているのですが、外から人をもとめると、古いディレクターと新しいディレクターの技術や知識の伝承が起こりにくくなってしまうんですね。」

 この問題は何もNHKに限ったことではなく、アウトソーシングという経営の手法をとったすべての組織が直面する問題である。つまり、アウトソーシングしてしまうと、メンバー間の知識資源の流通やコミュニケーションサーキットが分断してしまうという問題である。一般的にアメリカ「コーポレートアルツハイマー」とよばれており、アウトソーシングが流行した1990年代になって注目されるようになった。最近日本では、Knowledge Managementとよばれる知識共有ツールが注目されているが、これは、この「コーポレートアルツハイマー」に対するアメリカ企業の処方箋のひとつである。

 最近、組織を構成するメンバーの知識総量をも、組織の財産とする認識が広まりつつある。組織を構成するメンバーの知識に流通がおこし、メンバーの「学習」を支援するような組織作りに目が向けられるようになってきた。箕輪さんの語りからも、このことはよくわかる。

5. To Be a Director

 大河ドラマを見にいったあと、箕輪さんとお食事をした。またもや、おごってもらってしまった。本当にすみません。懲役3年ですね。


箕輪さん

 さて、お食事をしている最中、箕輪さんとはいろいろな話をしたけれど、特に印象に残っているのは先の「学習」の問題である。僕の問いはひとつであった。その問いは以下のとおりである。「ディレクターはどうやって一人前になるんですか?」ということだ。この問いに興味をもつのは、僕の場合、致し方ない。僕の専門は「学習」であり、言い換えるなら「人間が一人前になるためにはどう学べばよいか?」を探求することにあるからだ。
 箕輪さんは少し考えたあと、話し始めた。

「確かにマニュアルらしきものはありますが、それを作った本人が、あれは現実離れしていた、と言っているので、ディレクターはやりながら覚えるという方がいいでしょう。もちろん、失敗を許す環境がありますから、それは大丈夫です。たとえば、ミスをおかしても、他の人がフォローできるようになっているわけです。そして、やりながら覚えるので、一人前になるっていうのはいつになるかわかりません。わたしも一人前になっているとは言えませんから」

 箕輪さんの話を総合すると、ディレクターは失敗を許すようにデザインされた環境の中で、仕事に従事しながら学んでいく、といった感じになるのであろうか。まさに「仕事の中での学習」が彼らを一人前にしていくのであろう。たとえば、先の結城さんの話に出てきた時計の話も、この文脈で理解しようと思えば、すっとはいってくる。一見無駄のように思える時計が2個あるのは、もしディレクターが時計を進め忘れたり、万一のことがあって時計が動かないことがあったときなどに、そのエラーを解消してくれるような人工物だとも言える。

6. インターネットとTV

 箕輪さんとのお食事が終わって、番組のホームページなどをつくっている部署につれていってもらった。ここにはコンピュータとソフトウェアが並んでおり、どこか大学の研究室を思わせる部屋のつくりをしていた。部屋の中には、富永さんと山岸さんという方がいて、すこしだけだけどお話を聞くことができた。山岸さんの話によれば、NHKの学校放送のホームページへのアクセスは、1日で約5万ヒット。年々そのアクセスが増しているという。本当にモノスゴイヒットだ。僕のホームページなどは、一年に1万件であるから、いかにイケてないかわかる。
 あとで箕輪さんに話を聞いたところによれば、現在、NHKにはホームページづくりを行う専門のディレクターはいないという。山岸さんと富永さんは、番組の立ち上げ期であるということもあって、臨時でその業務に携わっているのであって、それが専門ではない。しかし、インターネットがこれだけTVにからんでくるようになってくると、やはりそれに従事できる人間が必要になっているが、現在は慢性的な人手不足の状態であるという。やることはどんどん鰻登りに増えていっているのに、それにヒューマンリソースが追いつかない、そんなディレンマがあるようだ。

7. 出演者打ち合わせ

 午後10時30分、山内さんが放送センターに到着次第、出演者打ち合わせは開始された。この打ち合わせには、CP(Chief Producer)の箕輪さん、PDの森さん、FDの河原さん、デスクの武田さんと先ほど回線チェックでお世話になった佐藤さん、そして山内さんが参加していた。打ち合わせの内容は、PDの森さんから一通り台本の説明が終わった後、CPの箕輪さんから時間の進行チェックとセリフのなおしがなされ、山内さんからコメントが述べられる、という感じで行われた。

FDの河原さん、デスクの武田さん(左から)

森さん、山内さん、箕輪さん


 PDの森さんが説明をしている間中、箕輪さんは赤ペンをもって台本にチェックをいれ、そのシーンが予定されている時間内に終わるかどうかを確認していた。また、同時にセリフの不自然な箇所を訂正しているようだ。

「そのシーンは1分30秒じゃ、つらいんじゃないかな。まぁ、明日テストやってみるから切るところ考えといて」
「山内先生のセリフが入りにくいと思うよね」

 などと箕輪さんは言う。前の「生放送のエスノグラフィー」でも書いたことだけれども、台本には完成版というものはない。この出演者打ち合わせで検討されていた台本は、一番最初の台本から数えて4本目にあたるもので、常に修正が加え続けられている。修正された台本は、そのつどごとにスタッフに配布され、それに基づいた議論が行われているようだ。


 箕輪さんのチェックが終わった頃、今度は山内さんが提案を行う。山内さんは、自分のセリフが、いかにも「お役人答弁風(このコトバは山内さんのコトバ)」のセリフにならないように、常に具体的な学習の話題にセリフを導こうとしている。山内さんのコトバをきいた視聴者の学習がより「深くなるように」セリフを再構成しているようだ。


 このように、箕輪さんと山内さんでは同じようにコメントしていても、相当に視点が異なっている。箕輪さんは時間やセリフの自然さについて、山内さんは具体的な学習場面を想定した具体的なセリフを考えている。このような視点の違うコラボレーションが一時間ほど続いたあと、ようやく出演者打ち合わせは終わった。

2000年3月16日:生放送当日

8. 迷走する中原

ここどこ?

おうちにかえりたいよー、わかんねぇよー

 生放送当日、僕は朝7時30分から行われる「技術打ち合わせ(ギウチ)」に参加するため、7時20分にNHK放送センターにくる。今回の生放送のスタジオは1度いったことがあったので、大丈夫だと思っていたら、見事に放送センター内で迷子になってしまった。なにせ、TV局というのは、本当に「わかりにくく」つくられている。アタマの中の「マップ」なんて、歩いているうちに萎んでしまうほど難しい。おかげで、5分ほど技術打ち合わせに遅れてしまった。

9. 技術打ち合わせ


技術打ち合わせ

 技術打ち合わせは約15名ほどのスタッフの方々で、413スタジオで行われた。PDの森さんから画面の効果について台本を参照しつつ、一通り説明があったあと、カメラにうつるモノの位置決めや照明の調整が行われる。10分ほどで打ち合わせは終了し、カメラさんと照明さん以外の、つまりは副調にはいる技術スタッフで今度はもう一度打ち合わせをおこなっている。「ワンショットはさんで、ツーショット」とかいう声が聞こえるから、たぶん画面の効果を最終的に決めているのだろう。各人は、その決定に従いつつ、自分の振る舞いを台本で確認しているようだ。


照明の調整

 スタジオでは照明の調整が行われている。調整は2名のスタッフで行われているようだ。男の人が西遊記にでてきそうな長い調整器具をもって照明を調整している。もう一人の女の人は、男の人の指示にしたがい、スタジオ内の照明のスイッチをオン・オフしているようだ。30分ほどで調整が終わり、それと同じ頃に音響系のテストがはじまり、スタジオにテーマ音楽が流れ始めた。

10. メイク


メイク直前の山内さん


メイク中の山内さん

 各出演者がメイクをはじめる。山内さんのメイクに同行することができた。山内さんは目を閉じながら、メイクを受けている。カメラを通すと人の顔というものは、どうしてもくすんで暗くなってしまうらしい。だから、メイクをして自然な感じにするのだという。5分ほどたって、「自然な顔」になった山内さんが最終打ち合わせの部屋にはいってきた。

11. 最終打ち合わせ・DR・CR・本番

 最終打ち合わせからDR(ドライリハーサル)、CR(カメラリハーサル)、本番にいたる道筋は、生放送のエスノグラフィーに書いたとおりだ。


左から結城さん、清水国明さん、山内さん


ミーティング風景

 ミーティングでは今回もやはり各出演者からセリフと振る舞いについてのチェックがある。そのあとで出演者の台本読み合わせがあるわけだが、箕輪さんはストップウォッチを手に時間を最終チェックしている。ミーティングでは15分12秒となり、12秒時間が押した。


リハーサル中


同じくリハーサル中

 このあと行われたDRでは、なんと予想外に4分時間が押してしまった。例のごとく、台本に最終的に手が加えられ、どんどんとカットされる部分が増えていく。副調にいるPDの森さん、CPの箕輪さん、そして彼らの指示を出演者につたえるFDの河原さんが激しく連絡をとりあい、どんどんと台本が修正されていく。今回はDRとCRで時間が押していたのにもかかわらず、本番は結局時間があまるという予想外の展開になった。山内さんは「途中で、なんか変だなぁと思ったけれど、まさか時間が余っているとは思わなかった」と言っていた。時間は魔物だ。

12. インカムレシーバー

 DRの最中に箕輪さんからインカムレシーバーを手渡され、その内容を聞くようにと言われた。前回の観察で、僕がこのレシーバーしかコミュニケーションチャネルがないのは、不安じゃないんですか?と疑問を呈したからであろう。


本番中の副調:前の左がPDさんで、そのすぐ横がTDさん


左からヴィデオエンジニアさんと照明さん:本番中


ストップウォッチで時間を気にする本番中の箕輪さん

 インカムレシーバーは、副調とスタジオ間の唯一のコミュニケーションチャネルであり、スタッフは全員このレシーバーを耳に装着している。副調からスタジオは全く見えないから、生放送中は、このレシーバーをたよりに情報がやりとりされる。出演者は同じくこのレシーバーを装着していないので、CPやTDやPDの指示がFDを介して、出演者に伝えられるのだ。
 もらったレシーバーを耳に装着すると、いろんな情報がとびかっていることがわかる。その一端を紹介しよう。

「はい、V3です」
「V3ですね」
「はい、V3再生しました」
「はい、じゃあ、辺土名(小学校)に戻ってください。」
「Vはやめて戻るそうです」
「はい、ホームページに戻ります」
「はい、戻りました」
「テレビ電話戻ります」
「ちょっと画像」
「ここで質問」
「一回、清水さんにいきますか」
(中略)
「これ戻り次第、山内先生のワンショットもらいます」
「1カメさん、山内先生のワンショットください」
「2カメさんは清水さん、結城さんのツーショットでいいですね」

 という感じだ。要するに、「指示」あるいは「指示 - 確認」のメッセージのやりとりがすべてのスタッフのあいだでなされているのだ。それにしても、このインカムレシーバーの音声には、出演者の声もはいってしまうので、本当に指示が聞きにくい。スタッフは慣れているんだろう。

 

14. リフレクション

 番組終了後、出演者とスタッフの一部でリフレクションがなされる。箕輪さんによれば、番組終了後には、かならずこのような「リフレクション」の機会をもうけるそうだ。今回のリフレクションでは、「子どもたちを自然なかたちで、自然なからだでうつす」にはどう演出したらよいか、ということが主に話し合われた。たとえば、学校にNHKのスタッフが派遣されている場合とそうでない場合、どちらの場合に子どもがより自然に振る舞えるのか? そういうことがトピックになった。話を聞いていると、今回のような放送で子どものからだが堅くなるか、ならないかというのは、実は担任の先生のもっている支配的な文化というか、教室でのきまりに依存していることも多々あるとのことであった。

15. 最後に・・・今回ちょっと気になったこと

 さて、ここまで先日の観察の様子を書いてきたのだが、最後に、今回は検証できないけれど、少し気になったことを述べる。それは、やっぱり「学習」とか「知識」に関するものなのだが、どうしても気になった。というのは、すべての観察が終了してPDの森さんとデスクの武田さんに館内を案内してもらいながら、こんな話を聞いた。NHKには現在20個ほどの副調やスタジオがあるのだが、すべての機材は統一されているわけではなく、全く操作も違えば、スイッチの位置も違うとのことである。ディレクターやスタッフは、これらの機材を使用しなければならない、というのである。もちろん、取り扱い説明書はあるが、あまり役に立たないそうだ。それでは、これらの機材を彼らはどのように使いこなすことができるようになるのであろうか。似たようなインターフェースをしていて、実は操作やスイッチの場所が違うということほど、ユーザーにとって災難なことはない。しかし、実際にはスタッフの方々は、この機材とうまくつきあって、仕事をこなしている。彼らはどう学習して、どのような知識を獲得したのだろうか。謎は深まるばかりだ。

 このように不夜城にはまだまだ謎が多い。そして、知識や学習を研究するものにとっては、ものすごく興味のひかれる場所であることは間違いない。

 謎の多い不夜城では、今日も部屋の電気が消えることなくともっている。


NAKAHARA, Jun
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