Essay From Lab : Fragment 4. CSCL、なんじゃ、そら?

2000/04/03 Update

CSCLって知ってますか?

 という質問をフツウの人に聞いたら、ほとんどの人は「なんじゃ、そら」って感じでしょうね。あんまり知られてはいないけれど、これからの教育現場でキーワードになってくることば?かもしれませんので、今回はCSCLのお話をします。実は、このCSCLっていうのが僕の専門分野なわけで、これを日々研究していたりします。

 ところで、僕がCSCLってコトバを聞いたのは、学部の3年の頃でした。本郷の学部に進学し、ようやく勉強をはじめたころだったと思います。1年生や2年生のころは、駒場で「遊びまくっていた」奴も、本郷にくると、すこし落ち着き初めて、図書館なんかに通い出すんですね。CSCLと僕との出会いは、ほんと、そんなころでした。最初、その内容を聞いたときは、「まぁ、スゴイこと考える奴もいるもんだなぁ」と思っていましたが、僕は結局、その分野にどっぷりとつかることになってしまいます。

 CSCLっていうのは、実は略語で「Computer Supported Collaborative Learning」のアタマの文字をとったものですね。日本語に直訳すると、「コンピュータによる協調学習支援」ということになるのでしょうか。まぁ、そんなコトバの正確さなんてどうでもいいことなんで、ここでは放っておきます。いろいろ定義はあるんですが、ここでは一応、以下のような条件をみたす研究や実践のことをCSCLってよぶことにします。

 CSCLとは、

 1. 複数の学習者たちが
 2.
コンピュータを利用して
 3. あーだこーだ、ここが違う、あそこはこの方がいい!
 4. なんていう
コミュニケーションをとりながら
 5. 考える価値のあるような、
いかにもホンモノっぽい問題
 6.
みんなで解決していくような営みであり、
 7. そうした営みをどうやって支えていけばいいかなぁってことを考える研究のこと

 です。

 この定義の中で大切なところは、赤色を使うことにしました。「複数の学習者」っていうのと「コンピュータを利用して」っていうのはいいですね、学習者がひとりでコンピュータに向かってブツブツ言っているのは、CSCLとは言いません。それはオタクといいます。
 「コミュニケーションをとりながら」っていうのは、ひとつのポイントです。要するに、コンピュータを前にして沈黙しているのは、CSCLとは言いません。ある問題に対して、あーだこーだ言って、その問題を「みんなで解決」していくっていうところが重要なところです。そして、CSCLを研究するっていうことは、そうした学習者の営みをどのように支援したらいいかなぁって考えて、まぁ、ソフトウェアを開発したり、その授業のノウハウをつくったりすることなんかが含まれると思います。及ばずながら、僕もこれまでそういうソフトウェアを2つ開発してきました。

あれっ! ネットワークはどこいった?
CSCLとネットワークっていうのは、切っても切れない関係なんじゃないの?

 っていう人もいるかと思いますが、少なくとも僕はCSCLの定義として、ネットワークっていうのは、どうでもいいと思っています。あるっちゃあるし、ないっちゃない。CSCLの研究のひとつに、ひとつのコンピュータ画面を複数の学習者たちで共有して、学習をすすめるっていうのがありますが、これも立派なCSCLだと思っています。
 たとえば、僕の卒業論文では、カリヤド先生という先生の授業を一年間観察させていただいて、そこでのコンピュータの使われ方について研究をしました。カリヤド先生のところでは、当時、「脳の鏡」というソフトウェアを使っていました。「脳の鏡」はお絵かきソフトウェアなんですが、「自分が作品をつくっていく過程をすべてビデオみたいに録画していく」という特徴をもっているんですね。子どもたちは、このソフトウェアを使って作品を描いていくわけなんですが、作品ができあがるとモニタをみんなで見て、絵を描いていった「過程」を「再生」していくんです。その過程で、いろんなことをお互いにしゃべるんです。「ここのところは、どうやって描いたの?」だとか「このあたりって何を表してるの?」だとかいう具合にですね。これって、一見CSCLに見えないですが、つまりネットワークを使っていないという意味においてCSCLの定義からはハズレそうですが、僕は立派なCSCLだと思っています。まぁ、これは僕の研究室の出身で、研究仲間のアラチさんのコトバを借りれば、「Computer Supported Cooperative Story-telling」と言ってもいいんじゃないかなぁと思うんですね。

 ところで、このCSCLですが、それほど昔から行われていた研究というよりは、比較的アタラシイ分野です。1990年代になってから、研究が本格化しました。CSCLの代表的な研究をあげるとすれば、たとえばCSILE(しーしる)なんかがあげられるでしょうか。CSILEはカナダのトロント大学っていうところが中心になった実践で、もう10年以上も続いています。
 CSILEは共有のデータベースシステムで、まぁ、データベースシステムっていうのは「オオゲサ」かもしれないので、「掲示板」みたいなものと思ってもらえればいいでしょうか。たとえば「水はどうして蒸発するのか?」などというような問題をみんなで、こう考えていくんですね、そして自分の仮説や疑問をどんどんこの掲示板に書き込んでいくわけです。書き込みの際には、たとえば「仮説」だとか「反論」だとか「疑問」だとか、そういう内容を代表するようなカテゴリーをつけて選んでいきます。もちろん、これらの書き込みが階層化されスレッドになっていますし、またアイコンとリンクで表現できるようなネットワーク図としても表示できます。あー、こう言っても全然イメージわかないでしょうねぇ、詳しいことはこのサイトにも関連する情報があるので見てみてください。

 まぁ、CSILE以外にも、たとえばCoVisだとかKIEだとか、いろんなプロジェクトがありますよ。CoVis(こーびす)っていうのは、ホンモノの科学者が使うようなツールを、もちろん、それはわかりやすく使いやすいようにデザインされているのですが、そういうツールを学習者にもたせて、たとえば環境問題なんかをみんなで探求していくっていうプロジェクトですね。これはノースウェスタン大学っていうところで開発されて、ものすごく普及したシステムです。小学校から中学校、高校、はてには大学にいたるまで、このシステムを使った授業がなされています。KIEに関しては、説明を省きますが、このサイトに紹介があるので、そちらを見てくださいね。KIEは、カリフォルニア大学バークレイ校というところで開発されたCSCLですね。

 お気づきの方もいらっしゃると思いますが、今まで紹介してきたCSCLっていうのは、すべて北米で開発され、実践されてきたものだってこと、わかりましたか。実は、CSCLは北米が研究の中心であり、実践の中心なわけですね。でも、我が日本だって、結構CSCLは実践されています。

 たとえば、ホントウの科学者とフツウの高校生をネットワークでむすんでみるっていう「YSNプロジェクト」とかいうのがあります。これは、科学教育をめざした実践ですね。最初のうちは、高校生の方にも科学者の方にも照れがあって、なかなか科学の話にはならないんですが、だんだんとうち解けていくと科学の話から、はてには恋の話、進学の話にまでコミュニケーションが発展していきます。あと、実践を続けていくのに従って、高校生の中には、だんだんと科学のカタリ方みたいなものを習得してくる子もでてきます。また、だんだんと科学者のイメージだとか、科学そのものに対するイメージも変わってきますね。この研究には、僕も共同研究というカタチで参加させていただきました。

 あとは、これは僕の研究だったりするのですが、現場の先生方を対象にしたCSCLっていうのもあります。「実践を変えたいなぁ」と思っているやる気マンマンな先生方を対象として、Teacher Episode TankっていうシステムでCSCLをやりました。要するに、先生の学びを支援するCSCLです。

 まぁ、CSCLについての説明は、こんなところでやめておきましょう。まだまだ語り足りないのですが、これをやると僕眠れなくなってしまうのですね。で、あれこれ言ってきましたが、最後に今後のCSCLの可能性っていうことをチョロッと述べさせていただきたいと思います。

 たぶん、これから研究が進むであろうと思われるCSCLは以下のようなものですね。こういうのは、ハッキリ言って占いに近いのですが、ちょっと書いてみます。ハナミズ程度の戯言なのでそれは許してください。

 1.モバイル型CSCL
 2.
物語を含むCSCL
 3.
具体的なモノを操作するCSCL
 4.
ゲームなどを取り入れたプレイフルなCSCL

 まず第一のCSCLは、そのまんまですね。今まで、CSCLっていうとデスクトップのパソコンが主だったわけですが、PDA端末のような端末を使ったCSCLっていうのがだんだんとでてくると思われます。まぁ、過去にもあるっちゃあるんだけど、もっと洗練されたものがでてくるでしょう。フィールドにでながら、人とコミュニケートしてですね、必要とあらば、データも参照できるようなCSCLがでてくるのではないのでしょうか。

 第二のCSCLは、かなり僕がオモシロイと思って興味をもっているいるものです。過去に「教育工学」とかいう授業を取った方なら、「ミミ号の冒険」とか聞いたことないですか。ある主人公がミミ号という船にのって大海原で冒険するとかいう物語なのですが、この物語の中には、必ず問題解決が含まれていて、学習者はそのビデオを視聴したあとで、こう問題解決にあたるわけですね。これに類似したものにJasperっていうのがあるのですが、これも基本的には同じです。たとえば船とか飛行機の燃料をどれだけ積んで、どの航路をとれば無事に航海できるかっていう数学なんかの問題解決が物語の中に含まれているわけですね。
 映像、つまりは動画コンテンツによって、こうした問題解決の必然性っていうんでしょうか、それを学習者に与えて、それをもとに協同的な思考を行うっていうCSCLがでてくるものと思われます。でも、コンテンツをイチからつくるのって、はっきり言って地獄に近いし、それほどネットワークの帯域もあるわけじゃないので、たとえばTVのような既存のメディアとCSCLの融合という方が現実味があるかもしれませんね。

 第三のCSCLは、そうですね、コンピュータ上だけにとらわれず、具体的なモノを操作することを重視するCSCLですね。キーボード以外のデバイスを使ったCSCLと言ってもいいかもしれません。
 たとえば、これは楠さんという方の研究ですが、実際のボードゲームとコンピュータを接続していてですね、目の前のボード上にあるコマを動かせば、その情報がコンピュータに送られるというシステムがあります。今までのCSCLっていうのは、どうしてもキーボードを使った入力なわけで、それは大変だし、面倒くさい。またコンピュータ上でのやりとりになってしまうので、どこか虚ろなところがあります。
 楠さんの研究では、こうした問題を踏まえて、環境問題というか都市計画を行うような実際のボードゲームをみんなで囲んで、実際に顔をつきあわせたコミュニケーションを行いつつ、協同的な問題解決を支援するってことをやっておられます。学習者同士のコミュニケーションを、コンピュータ上ではなく、対面状況にしてしまうっていうCSCLは、これからもっとでてくることと思われます。

 第4のCSCLは、もうそのまんまですよ。やっぱり学習者は「PLAYFUL」で「Pleasureability」の高いな環境で学ぶものです。ゲームと言っても、全然学習内容とは関係ないような「子どもダマシゲーム」じゃなくて、学習内容と密接に関係あるようなゲームを取り入れたCSCLが今後もっとでてくるような気がします。

 まぁ、ここまでツラツラと書いてきてしまいました。CSCL、なんじゃそら?と思った方も少しはCSCLのことわかっていただけたら、嬉しいです。


NAKAHARA, Jun
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