「仕事をする女性」に本当に必要なのは「完全無欠のロールモデル」なのか?

 女性のリーダーが生まれないのは、職場に、彼女たちの「ロールモデル」になるような人がいないからですよ。だから、女性からリーダーが生まれないのです。とにかく、ロールモデルが重要なんです。

   ・
   ・
   ・
   ・

 かなり前のことになりますが、ある機会で、ある識者の上記のような趣旨のような発言を耳にしました。
「女性リーダーをいかに育てるか?」「女性管理職をいかに生み出すか?」の業界!?(そんな業界あるんでしょうか?)は、僕は、あまりこれまで馴染みがなく、ご意見を大変興味深く拝聴させて頂きました。

 女性とリーダー
 女性と管理職
 女性とキャリア伸張

 まぁ、何と表現してもよいのですが、国内の既存の先行研究、研究論文、インタビュー記事などを調べあげていくと、必ず出てくるワードのひとつが、今日のテーマである、この5文字

 「ロールモデル」

 です。

 曰く

 「女性が活躍できないのは、身近にロールモデルになるような存在がいないからだ」

 たいていの論は、上記のような命題を繰り返します。

 おおよそ、日本の女性の活躍に関する議論のほとんどが、これに言及しているのではないかと思います。
 それが「言い過ぎでもない」と思えるくらい、この「ロールモデル」という言葉は広く巷間に流布しています。

  ▼

 しかし、僕は、ほしひゅーまのねぇちゃんのように、この言説空間を「木の陰」から「傍目」からみて、

 女性リーダーの育成に関する言説空間が、「ロールモデルのオンパレード」状態になっていることこそ、疑わなければならないし、改善されなければならない
 と思います。

 あーあ、言っちゃった(笑)

 不遜にも、

 そもそも「ロールモデル」とは何か?

 から問い直されなければならないと思ったりするのです。
 そして、いわば無批判に「ロールモデルが必要だ」という主張を繰り返し続ける「日本の言説空間の特殊性」を、ひとり勝手に感じてしまうのです。

 今日は、朝っぱらから、ゆるゆると、少しそんな話をしましょう。
 
  ▼

 といいますのは、視野をさらに広くもち、国内のみならず、国外にまで文献検索の幅を広めたとき、「女性の活躍」に関するグローバルな議論・文献のなかで、「ロールモデル」という言葉が、日本ほどでてくる国はないのではないかと思います。

 もちろん海外でも「言及ゼロ」「論文ゼロ」ではないですよ。
 でも、日本ほど、この言葉に対する関心は強くないように思えるのは僕だけでしょうか。
 
 むしろ、海外の場合、より頻出する言葉は、「メンター」や「スポンサー」という言葉であるように思います。

 曰く、

 女性には「メンター」となるような人が不足する傾向がある
 (=女性が困ったときやわからないときに、彼女に対して、助言・指導の機能を果たしてくれる人が得がたい)

 女性にはポジションを高めてくれるような「スポンサー」が得がたい傾向がある
 (=昇進によい影響力を行使し、引き立ててくれる「機能」を果たしてくれる人が、女性には得がたい)

 海外の場合、「ロールモデル」という言葉の前に、まずは、こんなことが語られることの方が多いように感じます。

 そして、ここで注目したいのは、海外で主に主張されているのは、女性が自らの能力・キャリアを伸ばしていくうえで必要になる

 「機能の不足」

 についてです。
 組織の中に、そうした「機能」が不足していることを主張している。
 どちらかというと、比較的「ドライ」なんですね。
 「よき仕事」をしていくうえで、必要な「機能の不足」をロジカルに主張します。

  ▼

 対して、日本の言説空間の場合は、「ロールモデル」という言葉が人口に膾炙しています。
 そして、「ロールモデル」とは「機能」を表現する言葉ではありません。

 むしろ、ロールモデルとは「ウェット」なんです(は?何がウェットかはよーわからんが、書いてみた)。

 ロールモデルとは

 「あんな人になりたいなと思える人材」

 であり、

 「あんな行動や立ち振る舞いができるようになりたいと思えるような人材」

 です。
 ほら、ねっちょりしてるでしょ?(笑)

 そして、さらに「女性の活躍のコンテキスト」においては、ロールモデルの意味はさらに「拡張」していきます。

 管見ながらさまざまな識者のご発言を渉猟させていただきますと、どうやら、女性の活躍の言説空間では、

「ロールモデル」とは、「仕事の世界」でしなやかに活躍しつつも、それでいて「家庭生活」は犠牲にせず、しっかりと個をもち「プライベート」まで充実している人材

 のことをさしているような気がします。
 ま、3つとまではいかんでも、せめて2つ。
 仕事と家庭をしっかり両立する存在のことをさしているのではないかと思うのです。
 
 要するに、女性活躍の言説空間においては、

 ロールモデルとは「全人格」を表現する言葉に近い 

 のです。

「全人格」というのが言い過ぎでしたら、「仕事」も「家庭」も「個」もすべて盛って、いやはや充実している、「トッピング全部入りラーメン」のようになっちゃってる存在かな・・・。

 いや、いるならいいんだけど、本当にそんな人いるの?
 ていうか、盛りすぎじゃない(笑)

 しかし、これこそが、「メンター」や「スポンサー」といった「機能の不足」を問う、海外の言説空間との違いであるように感じますが、いかがでしょうか。

  ▼

 ここで、今、もし仮に「ロールモデル」が女性が今よりも活躍するための「個別の機能」なのではなく、女性が憧れ目指すべき「全人格」をさしている言葉だとしましょう。

 それでは、なぜ、これが「按配」がよろしくなく、もう一度、このままでよいのかを考え直さなければならないと僕が思うのかを最後に述べさせて頂きます。

 それは、

 「完全無欠の全人格的存在」は、通常の会社・組織にはそう「いない」から

 であり、

 「完全無欠の全人格的存在」は、模倣するには「ハードルが高すぎる」から

 です。

 人材開発研究の観点から言わせて頂きますと、「観察学習をおこなうべき存在がいないこと」と「経験学習する対象のハードルが高いこと」は「致命的」です。
 だから、本当に、組織の状態を変えたいのであれば、これを「問い直さなくてはならない」と思うのです。
 (うがった見方をすれば、今のままでいいのなら、ロールモデル信仰を主張しつづけることもできます。組織のあり方を変えたくない、ないしは本当に変わってしまうと、職が失われる人にとっては、ロールモデル信仰をおそらく推進した方が経済的合理性にあっていると思います。だって、ロールモデルに憧れ、いくら目指そうとしても、そういう人が得がたく、かつ学習にとってのハードルが高いのなら、いつまでたっても実現しないんだから・・・ちょっとうがった見方すぎますか?)

  ▼

 まず第一のポイント「完全無欠の全人格的存在はいない」について。
 僕が男性だからなのでしょうか。
 僕は、自分の上位に「完全無欠の全人格的存在」を感じたことは、すみません、ほとんどありません。
 このことは、僕が自分の上位の方々を「軽く扱っている」ということを意味しません。そうじゃないんです。リアルはそうじゃない、と言いたいのです。

 むしろリアリティは、「どんな人でも、あーマネしたいと思えるよいところもあるし、反面教師にせなアカンなと思える悪いところあるんじゃないか」というのが、男40歳・ここまで生きてきた僕の実感です。

 わたしたちは仕事をしながら、

 あの人の・・・なところは、絶対にまねしよう
 でも、あの人な・・・なところは、反面教師にせなあかんな

 この人の・・・・はすげーな。こんな風に、自分もやってみたいな。
 でも、この人は・・・なところがイケてないな。自分も気をつけなければな。

 といった感じで、様々な人と出会い、そこで出会った人々の「よいところ」を、それぞれに「学んでいる」のではないでしょうか。
 わたしたちは「完全無欠の全人格的存在」だけから学んでいるわけではないし、それを観察学習しているわけでもないのです。
 わたしたちが、日常おこなっている他者を通じた学習は、むしろ「いいところどりの学習」、すなわち「ブリコラージュ型学習」なのではないかと思ったりするのですが、いかがでしょうか。
 
 もし、これが是とするならば、

 今、おこなうべきは「ロールモデルを探すこと」ではありません。

 むしろ、日々、日常、様々な同姓・異性と出会い、その人の良さを取り込み、悪しきを反面学習する機会を増やすこと。そうした振り返りを折りに触れて機会をもつことです。

  ▼

 第二の「完全無欠の全人格的存在はハードルは高い」について

 これはわかりやすいですね。 

 仕事もバリバリできて、家庭もしっかりやりきって、個も充実していて、週末ごとにフェイスブックに、その従事つっぷりをアピールできる「スーパーピーポー」というのは、そもそも学習する対象としては「ハードルが高い」のです。

 くどいようですが、
 
 そうした人々「だけ」を探し、そうした人「だけ」から学ぶことをよしとするよりは、わたしたちは、どんな人からでも「ブリコラージュ型学習」をできる余地がある。
 そして、「助言してくれる人」「引き立ててくれる人」という具合に、自分に必要な個別の機能を、ドライに求めた方がよいと思います。
 
 ▼

 今日は女性の活躍のコンテキストにおける「ロールモデル」という言葉について思うところを書かせて頂きました。

 実は、本年度から中原は、トーマツイノベーション株式会社様との共同研究で、

「女性リーダーをいかに育成したらよいのか?」

 についての研究を遂行させていただいております。

トーマツイノベーション株式会社
http://www.ti.tohmatsu.co.jp/

 プロジェクトには、トーマツイノベーションの眞﨑大輔社長をはじめとして、田中敏志さん、井手真之介さん、国崎晃司さん、山﨑彩子さん、伊藤由紀さん、村上美奈子さん、星原安希さん、長谷川弘実さんにご参画いただいております。お忙しいところ本当にありがとうございます。中原研側は、中原と保田江美さんが参加する予定です。

 現在、プロジェクトは調査の青写真をようやく固めた段階。
 眞﨑さんら関係者が一同に会したキックオフをおえ、さらにはトーマツイノベーション様の女性リーダーの皆様にお集まりいただいたブレスト会を終え、国崎さん、長谷川さんら、保田さん、中原で研究室に集まり、あーでもない、こーでもない、と議論をさせていただいております。
 夏から秋にかけて、実査がおこなわれ、さらには分析がゴリゴリとおこなわれる予定です。

 おそらく冬には成果発表会。
 数百名の規模で、都内で成果発表がおこなわれるのではないかと思います。きっといつものシンポジウムスタイルでは「ない」かたちで、ユニークに、明るく、愉しく、ちょっぴりスパイシーに(笑)

 今年一年、多くの方々に御協力をいただきつつ、この話題について探究し、女性リーダーの活躍に資する「よき研究知見」を生み出していきたいと考えています。

 そして人生はつづく

 ーーー

祝増刷!「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)、四刷かかりました!:マネジャーが陥りやすい罠をいかに乗り越えるか。職場を率い成果をだすためのヒントを実証的に明らかにする。どうぞご笑覧ください!

新刊「会社の中はジレンマだらけ 現場マネジャー「決断」のトレーニング」発売中です。おかげさまで、すでに3刷増刷!AMAZON「経営学・キャリア・MBA」で1位、「光文社新書」で1位、「マネジメント・人材管理」で1位を瞬間風速記録しました(感謝です!)。
「働かないオジサン」「経験の浅い若手」などなど、現場マネジャーなら必ず1度は悩むジレンマを解き明かし、決断のトレーニングをする本です。どうぞよろしくご笑覧いただけますよう、御願いいたします。

新刊「アクティブトランジション:働くためのワークショップ」もどうぞよろしく御願いいたします。内定者教育、採用活動に従事なさっている企業関係者の方々、大学の就職関係者の方々にお読み頂きたい内容です。どうぞご笑覧下さい!