中小企業の「人材育成メカニズム」をさぐる!?

 「成果を出せる人材」が生みだされる中小企業にはどんな秘密があるのか?

 ここ数年取り組んできた研究に、トーマツイノベーション株式会社のみなさま、研究室の保田さんとの共同研究がございます。

 わたしたちの共同研究の問いは、

 中小企業で実施され、成果があがっている「若手育成」とはどのようなものか?
 中小企業で実施され、成果があがっている「中堅管理職」「右腕育成」とはどのようなものか?

 を探究することでした。
 この問いを探究するための調査は今年の春に実施され、4種類の質問票を組み合わせ、中小企業の人材開発に「立体的」にアプローチすることにいたしました。この調査には、中小企業350社、2,800人以上の方々にご参画頂きました。貴重なお時間をたまわりましたことを心より感謝いたします。ありがとうございました。

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 この調査報告の第一弾の成果報告といたしましては、せんだって品川で「第一回人材育成イノベーションフォーラム」という会が開催されました。こちらのフォーラムには、わたしたちの想定を大幅に上回る1000名以上の皆様からお申し込みをいただきました。ご参加いただいた皆様、心より感謝いたします。

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 この調査において、わたしたちが見出した結論は多岐にわたりますが、その骨子を、一般的にお伝えすると、


1.中小企業の人材開発も、大企業の人材開発と同様、その中心地は「職場における業務経験」である
 
 
2.中小企業の様々な諸制度(社内資格制度、OJT制度、社内勉強会制度)の存在は、若手・中間の能力評定値(他者評定)に影響は与えていないことが検証された

=制度は能力を規定しないことが検証された
=(ここからは推測)おそらく、ちゃんと運用できるだけの人的資源がない
 
 
3.中小企業の人材開発に社長が果たす役割は少なくない。が、社長のリーダーシップが若手・中堅の能力評定値・成果評定値(他者評定)に影響を与えることは実証できない。むしろ、「社長と中間管理職」のあいだの発達支援関係、「中間管理職と若手」の発達支援関係が重層的に機能すること=「屋根瓦式の人材育成」が実現できることの方が重要であることが示唆された。

=人材育成を支える社会的構造を「垂直的」に発展させる必要がある


4.中小企業の職場での人材開発は、大企業とは異なり、職場に「人材育成のネットワーク=上長・上位者・同僚同期がそれぞれ異なる役割を担って若手を育てること」を構成することは期待できない。また若手・中間の能力評定値(他者評定)に影響は与えない。

=(ここからは推測)大企業と異なり組織市民行動として人材育成を職場で担うリソースが少ないのではないだろうか


5.中小企業の職場での人材開発の中核概念は「業務経験を通じた学び」と「上長のサポート」である。そしてそのポイントは「鉄ははやいうちに打て」である。

5−1.若手は業務経験をいかに振り返るコツをつけるか。上位者はいかに若手に仕事を任せるかが重要である。

5−2.中間管理職は3年目以降に、社長の薫陶のもと、いかに「未開の仕事」に取り組むか、が重要である。特に「顧客からのハードな要求」をいかに「顧客からの学び」に転換しうることができるかが興味をひくところである。

5−3.次世代の経営幹部「右腕」の育成には、若い頃から、「自らスキルや能力をいかに伸ばすか」「そのために何を今なすべきか」を意識させ、仕事にあたらせるとよい。自らのスキルや能力を意識させることは「離職」にはつながらない。むしろ自社への組織コミットメントを高める効果をもつ


 他にもいろいろありますが、会の趣旨は「はじめて人材育成を科学的にアプローチすること」にふれる中小企業の経営者、経営陣が、知見を楽しく解釈することにあったため、主に報告はここまでとさせていただきました。この内容のより詳細な内容は、下記のプレスリリースにてご覧下さい。

中小企業の人材育成に関する調査研究の結果を発表(PDF)
http://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/about-deloitte/news-releases/jp-nr-nr20151109.pdf

 当日の報告会は、冒頭で同社の眞﨑大輔社長からパッションあふれるご挨拶があったあと、不肖・中原から研究報告をさせていただきました。こちらの分析・資料作成は、主に保田さん、同社の長谷川さん、渡辺さん、中原で作成させていただきました。本当にお疲れ様でした。

 その後は、若手育成、中間管理職育成、右腕育成という3つのトピック、3つの部屋にわかれて、ジグソーセッションをしました。それぞれの部屋には、数百名をこえる参加者の方々がおこしいただき、同社の平井裕介さん、高橋豊さん、田中敏志さんらが、それぞれのトピックに関する実践セッションを行って頂きました。

 その後は、事例セッションと称して、今回の調査でも自社の平均値が非常に高かかった2社、エイトレント株式会社の坂井さま、株式会社データープロセスサービスの藤田社長、大西さまに自社のお取り組み事例のご発表をいただきました。お忙しいところ貴重なお取り組み事例のご発表、本当にありがとうございました。

 最後は、数百名の参加者の方々全員で3名ずつグループをつくっていただき、対話を行いました。今日もっとも印象深かったことは何か。自社に明日からもっていけそうなアイデアは何かについて、数百名の方々が対話をくださっていました。

 これにて成果報告会は終了です。

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 ここ数年にわたる取り組みは、これでいったん終わったことになります。
 もちろん、僕と保田さんには専門書の執筆という課題がありますが、ここまでを終えてみて、いくつか思うことを下記に書いてみましょう。

 第一に「中小企業の人材育成のメカニズム」ということで今回の調査を実施させて頂きましたが、たしかに「中小企業の人材育成」は、大企業とは異なるところは少なくないものの、「原理・原則」は変わらないところもある、ということです。

 今回分析をするにあたっては、企業サイズ、創業タイプ(創業者系中小企業・二代目系中小企業・大企業子会社)、成熟企業度、新規事業の売り上げ比率など、ありとあらゆる様々な統制変数をもうけ、諸変数との関係を見ました。が、統計的な有意な関係を見いだせる項目は、非常に限定的でした。もちろん、異なるところがないわけではありません。しかし、こちらが想像しているほど、得意なパターンがあらわれるということはむしろ少なかったと思います。

 これは成果報告会でも申し上げましたが、わたしたちは「中小企業は大企業とは違う」という強固なフレームワークを持っています。もちろん、業務の状況や組織規範等は中小企業と大企業は異なりますが、こと「人材開発を為す」というその1点においては、原理・原則は、重なるところも少なくない、というのがわたしの認識です。

 また同様にわたしたちは「中小企業を十把一絡げに語ってはいけない」という強固な認識を持っています。もちろん「中小企業を十把一絡げに語ってはいけない」は重々承知しつつも、「うちは特殊だ!」「中小企業は、それぞればらばらで特殊だ」と考える「思考の枠組み」こそが、もしかすると「囚われ」なのかもしれないと思っています。

 このあたりを白黒はっきりつけるには、より詳細なデータ分析が必要です。今後は保田さんと専門書の執筆に入りますが、そちらでは、先ほどのような統制変数ごとのデータをすべてお示ししつつ、詳細な議論を展開できればと思っております。
 
 第二に、データ分析をさらにすすめる一方で、今回さまざまに取り上げた内容を、複数の企業で実践し、職場の変化を把握することが重要なのかなとも思います。

 人材開発の研究は「何かを明らかにする」だけでは不足である

 というのが僕の信念です。
「何かがわかった」あとに「いかに何を変えるか」。そこまでフォローできて人材開発の研究です。今後、機会をいただけるのであれば、志や熱意を同じくする企業様と、今後、もし変革の研究ができれば幸いに思っています。

 最後になりますが、調査に御協力いただいたみなさま、今回の成果報告会にご参加いただいた皆様、登壇いただいた平井さん、高橋さん、田中さん、坂井さん、藤田さん、大西さん、本当にありがとうございました。

 またプロジェクトをこれまでご一緒させて頂いた同社の眞﨑大輔社長、鈴木義之さん、川合真美さん、小林学さん、小暮勝也さん、井手真之介さん、池内祥隆さん、国崎晃司さん、渡辺健太さん、長谷川弘実さん、中原研究室の保田江美さんに心より感謝いたします。本当に先がみえない中すすめてきたプロジェクトでしたが、今はいったん走り終えて感無量です。皆様とだからこそ、走り抜けることができました。僕にとって、このプロジェクトそのものが「経験フロンティア」でした。

 ありがとうございました。
 そして人生はつづく