あなたは「ことば」で「希望」を処方できますか!?:将来への不安に苛まれる人々に贈りたい一言とは?
わたしたちの発する「たった一言」は、時に、「他人を追い込む刃」として機能したり、「暗雲の隙間から差し込む一筋の光明」を他人に感じさせたりします。可能であるならば、我らが言葉は、「他者」を窮地に追い込むのではなく、「他者」を支える一言でありたい、と願います。
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先だって、中井久夫(著)「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)を読みました。
著者の中井久夫先生は、神戸大学医学部・教授(精神医学)をおつとめになった希代の臨床家で、1995年の阪神大震災当時、ご自身の経験とネットワークをいかして、絶望に苦しむ患者さんにケアのネットワークをおつくりになった方として著名な方です。
中井先生の業績、および、その評価に関しては、僕は「専門外」なのでよく知りません。しかし、その著書を拝見するに、著書に綴られている言葉ひとつひとつに、重みと奥行きのある方だなと感じました。プロの臨床家とは、こういう言葉掛けをするのか、と感じ入りました。
ちなみに、中井先生は、統合失調症における風景構成法の実践・研究でも大変著名な方ですが、本書は、そうした専門の内容ではありません。
むしろ、著者本人が、日常の臨床場面において、患者にどのような言葉掛けをしてきたのか、どのように接してきたのかを述懐する本でしょうか。内容は、2005年に有馬病院でなされた医療従事者に対する研修会での講義内容の模様です。
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例えば、精神科の受診がはじめてでとても緊張していますが、「自分は大丈夫だ」「自分は普通だ」と感じておられる患者さんに、中井先生は、こんな言葉掛けをします。
以下、同書より引用しつつ紹介してみましょう(以下、中井久夫(著)「こんなときわたしはどうしてきたか」1章より随時引用)。
先生曰く
「あなたは、一生に何度かしかない、とても重要なときにいると、わたしは判断します」
こんなとき「わたしは判断する」というIメッセージを用いるのは、「自分が責任をもって、対応しますよ」というメッセージを患者さんに伝えるためです。
そのうえで、
「ここでしばらく過ごしたら、よいほうに変わってくるよ。 / 人生に、ひょっとしたら二度、三度しかないような大事なときというものが、ときどきあるもんだよ」
とも患者さんに伝えるのだといいます。
医師にとっては「毎回繰り返される光景」でも、患者さんにとってみれば「生まれてはじめて」ということも少なくありません。けだし「経験の非対称性」は、専門家にとって、非常に大きな可能性、ないしは、誤謬を生み出すと、僕は思います。
事実、「患者さんが、今生まれて初めての瞬間」を迎えていることが認識できると、随分、患者を見る風景が違ってくると中井先生はおっしゃいます。そうした方に、ことの重大さを認識させつつも、しっかり責任をもつことを伝えるといいます。
しかし、そうした言葉掛けをしてみても、「わたしはこれからどうなるのでしょう?」と聞かれる患者さんもおられます。実際、患者さんの立場からすると、そう聞きたくなるのだと思います。少なくとも、僕がそうなら、そう聞きたくなります。
そんなときの言葉書けについて、中井先生は、非常に興味深く、しかし、これ以上の表現はないと思われるようなメタファで、その対処を語ります。
それが、
「希望を処方する」
という表現です。
医療従事者にとって何よりも大切なのは、「希望を処方すること」ーすなわち、「あなたは大いに変わりうる」ことをしっかりと伝えることだと言います。しかし、嘘はなく、かつ、患者に「こびない表現」で。
曰く、
「医療と家族とあなたとの三者の呼吸があうかどうかによって、これからどうなるかは、"大いに変わりうる"」
ここでは「絶対に治りますからね」と安請け合いをしているのではありません。しかし、それでいて、患者が希望を感じられるようにする。つまり「幅がある」「可塑性がある」「変わりうる」ことを、ひとことひとことを選び、しっかりと伝えます。
中井先生はおっしゃいます。
「患者さんというものは、こういうときの言葉の一語一語を何年たっても覚えています。患者さんにとっては、ほんとうに人生ののるかそるかのときですから、切迫感があるんです。 / 患者さんはしっかり聞いています。何十年たっても覚えている・・・」
そのうえで、
「君の側の協力は、まず第一に都合の悪いことを教えてくれることだ」
と御願いをするのだといいます。このように医療従事者が判断を間違わない素地を、患者の協力を得ることでつくりあげておくことが重要であるといいます。
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本日、このブログでご紹介した中井先生の言葉のひとつひとつは、専門の臨床家が発するものであり、僕を含む一般の人々は、日常的に、そこまで、一言を選んで発することはありません。また、ふだんわたしたちが接している現場とは、中井先生が対峙している現場ほどには切迫してはいません。
しかし、中井先生の一言ひとことの選択からは、私たちは学ぶことは非常に多いように思います。「妙にへりくだる」のでもなく、さりとて「尊大に振る舞うのでもなく」、こちらが大切だと思われるメッセージを伝えつつも、希望を実感してもらう。
「言葉の選択」とは「意志」であり「目的的行為」です。
わたしたちは聖人君主ではありませんから、すべての言葉が意図通りをなしうるわけではありません。しかし、可能であるならば、自らの言葉が、他者の「助け」になりつつ生きていきたいものです。
専門職ではないわたしたちに「希望を処方すること」はできません。「処方」はできない。
しかし、願わくば他者に対峙するとき「希望を贈りたい」と感じました。
あなたの言葉に「希望」はありますか?
そして人生は続く
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投稿者 jun : 2015年4月21日 07:06
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