「残念なタイトル」で「おまえはもう死んでいる」!? : 情報爆発時代のコンテンツメイキングとは!?
僕がブログを書いているときに、最も悩むことのひとつに「タイトルをいかにつけるか?」という問題があります。
「文章の内容」とか「ロジック」とか本質的なことについても「悩む」といえば「悩む」のですが、ことネットの場合、成功失敗の振れ幅が大きいのは、実は「内容」や「ロジック」ではありません。
内容やロジックがちゃんとしていても、「タイトルがショボイ」とネット上では「読まれない」のです。ここは論文や書籍とは少し違ってくるところです。
アタリマエダのコンコンチキですが(笑)、これだけ情報化した世界においては、あまたあるデジタルコンテンツの中から、人にどのように「選んでもらうか」が大切です。
誰がつけたのかは知りませんが、現代は「情報爆発の時代」です。手のひらのスマートホンに、右から左へ、上から下にコンテンツのビットストリームが常に流れ続ける時代をわたしたちは生きています。
人が「情報選択」にかける時間は、わずか0.1秒とか、そんなものでしょう。フェイスブックやTwitterなどのソーシャルメディアで流れてくる情報の中から、ビビビときて、クリックをする。内容やロジックまで検証して、クリックをしているのではありません。最初のタイトルなのです。
情報が流れゆく時代にあっては、短期的には
「クリックされないもの」は「存在していない」
のと等価になってしまいます。論文や書籍はかたちをもちますので異なりますが、特に、ネット上の情報は、そのような傾向が強くなります。
よって、ブログ記事を表象するタイトルを「キャッチーに、しかも、わかりやすくつけるか、というのは「記事の存在」を決めることにもなりかねません。
鮮度の大切なブログ記事にあっては、書いたそのときに読まれないと、意味をなさないこともありえます。かくして、僕は、素人ながら、タイトルづけに時間をかけます。とはいえ、子育て家庭なんで、朝はとにかく時間がなくて、たかだか5分くらいだけどね(笑)たかが5分、されど5分。
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たとえば、昨日のブログ記事のタイトル
我が子に「コンピュータ」といかに「出会わせる」のか?:コンピュータは「創造の道具」か「消費のメディア」か?
http://www.nakahara-lab.net/blog/2015/02/post_2363.html
は、公開前のネタ帳(僕のブログにはマイネタ帳があるのです!)には、こんな記事として書かれていました。
子どもがコンピュータと向き合うことの意味:TAKUZOとScratchで遊んだこと
さて、どっちがいいだろう?
僕は前者かなと思ったんですよね。
コンピュータを子どもにどのように触らせたらよいのか、悩んでいる親御さんは僕も含めて多いだろう。後者は、あくまでプライベートな内容で、しかも視座が少しぼんやりとしています。それに対して、前者は圧倒的に「親御さん」の立場を強調しています。
ワンセンテンスで申し上げますと、読者を意識する、ということですね。かくして昨日のブログには前者のタイトルをつけました。成功かどうかは知りません。
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2日前のブログの記事のタイトルは、完全に「確信犯的」なタイトルですね。2日前、僕は記事にこのようにつけました
成果を残せる新任マネジャーとは「受動的」である!?
http://www.nakahara-lab.net/blog/2015/02/post_2362.html
これはもともとは、
見ること、聞くこと、理解すること:駆け出しマネジャーの発達課題
というタイトルでした。
さてどちらがいいでしょうか?
後者でもよいかな、と僕は思ったのですが、「見ること」「聞くこと」「理解すること」と3つのワードが並ぶことが、ちょっと冗長すぎる気がしました。じゃあ、これらをどのように短縮するか?
かくして、それらをロジック的には少し無理があるなとも躊躇したのですが「受動的」というワードでまとめました。成功かどうかは知りませんが。
こんな感じで、ブログのタイトルを決めています。
「つり」にならない程度に品を保ちつつも、愉しみつつ、しかし、皆様に記事をお届けできるよう、朝っぱらからネーミングをうんうんと考えています。
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今日はブログのタイトルをいかにつけるか、ということについて書いてみました。こんな感じで小生のブログは毎朝書かれています。
ライティングについても、一度、みなさんにマイノウハウをお伝えする講座があれば面白いかな、なんて思いますが、ただでさえヤヴァすぎる仕事の量をさらに増やしそうなので、なかったことにしましょう(笑)。
ちなみに、今日のブログの記事のタイトルづけは、まことに緊張しますね。
だって、
「記事のタイトルのネーミングが大切だ」といっている記事そのもののタイトルがショボイと、論理矛盾ですね。
その様相は、
「コピーライティングが命だ!」といっている書籍のタイトルやコピーそのものがダサダサだったら、終わっている
のと同じです。
そして人生は続く
嗚呼、それにしても、このタイトルはないだろう・・・。
ツッコミは甘んじて受けましょう。
ごめん(泣)。
投稿者 jun : 2015年2月18日 06:44
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