「学んだこと」が「現場で活かされるため」には何が必要か?:12の障害、5つの促進要因
先だって募集させていただいたTransfer of Training研究会(事務局:中原研OB 関根さん)には、購読するものが英語文献であるというのにもかかわらず、すでに20名を越える方々からご応募をいただき、満員御礼、募集を停止いたしました。ご応募いただきましたみなさま、ありがとうございました。お逢いできますことを愉しみにしております。
研修の学習転移(Transfer of Training)に関する研究会(満員御礼!募集停止しています)
http://www.nakahara-lab.net/blog/2014/01/transfer_of_training.html
個人的に嬉しかったのは、20名の方々の中に、金融やITなど、一般の会社につとめる人事・人材開発の実務家の方々からも、何名かご応募をいただいていることです。今回のテーマが「実務そのもの的」な課題であることもあるのですが、勇気を持ってご応募いただいたみなさまを歓迎いたしますとともに、また当日、アカデミックさとプラクティカルさの混じり合う、実りある議論ができることを愉しみにしています。
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今回のテーマは、「転移(Transfer)」というのは、この分野の鉄板テーマですね。改めていいますと、「経営と学習」の世界においては、「研修の中で学んだ知識やスキルを、仕事に役立てること、さらには、それらを持続することのこと」を「転移(Transfer)」といいます(Baldin and Ford 1988)。転移という現象は、一般に「仕事に役立てること(Generalization)」と「それらの効果を持続させること(Maintenance)」の二側面から語られます。
誤解を避けるために申し上げますが、転移といっても、
「よかったですね、リンパ節転移はないようです」
の「転移」ではありません。あしからず、誤解なきよう。
転移というものは、先ほども述べましたように、この分野の「鉄板テーマ」です。
なぜなら、研修で学んだことが仕事に役立てられることは(正転移といいます)、研修のレゾンデートル(存在証明)にかかわることだからです。もし、学んだことが全く仕事に役立てられないのであれば(ゼロ転移ですな)、そもそも研修をする意味がありません。まして、研修の中で、本来学んではいけないものを、非意図的に学んでしまった場合(負転移)には、経営にとってマイナスになります。
研修開発を実施する専門家に常に、転移のことを頭の中において、研修の実施とフォローアップにつとめる必要があります。
ところで、転移と一口に言いますが、転移を実現することは実際は大変難しいことです。口にするのは簡単です。でも、それが「仕事に役立てられる」までには、死の谷をデスマーチするような?困難が存在します。
これまで先行研究は、転移の障害となる要因を列挙してきました。例えば、Phillips and Phillips(2002) は、下記のようなリストを作成しています。
転移の障害となるもの
1.直属上司が、研修をそもそも支持していない
2.職場の雰囲気が、研修の意義を認めていない
3.学んだことを試す機会がない
4.学んだことを試す時間が無い
5.学んだスキルが、そもそも仕事にあてはまっていない
6.業務システム・プロセスが学んだことに合致していない
7.学んだことを試すための資源がない
8.業務の変化により、学んだことがもはやあてはまらない
9.今の職場にスキルが適切ではない
10.学んだことをためしてみる必要性がない
11.古い慣習を変えることができない
12.報酬システムが新たなスキルにあっていない
こうしてリストを概観してみると、わたしたちは、転移の障害となる要因が、決して、研修「内部」にないことに気づかざるをえません。たとえば「直属上司が、研修をそもそも支持していない」「学んだことを試す機会がない」「業務システム・プロセスが学んだことに合致していない」などはすべて「職場の要因」です。すなわち、学んだことが実際に利用されるかどうかは、研修内部のみならず、研修の前後の要因にかなり多く依存しているのです(Cromwell 2004)。
これを踏まえて、多くの先行研究は、転移を促進するモデルとして「研修を行う前」そして「研修中」さらには「研修後」の3要因をかかげていることが多いのです(Baldwin and Ford 1988)。かくして、研修開発を志すプロフェッショナルは、研修の内部要因ーたとえば、講義のうまさ・ファシリテーションのうまさーなどだけに注目するわけにはいきません、。むしろ、研修前後の要因に配慮を行う必要があるのです。
先行研究によりますと、特に注目したいのは、次の5つの要因です。
研修の転移を促す要因(Burke and Hutchins 2008)
1.研修内容を試行することに関して、上司からのサポートと指示があること
2.研修から帰ってきた直後に、ただちに学んだことを試行する機会が得られること
3.研修内容をインタラクティブで学習者参加型にすること
4.学んだことを実践しているかについて追跡・評価すること
5.学習内容を仕事と近いものにすること
研究会では、まず、転移のメタ分析研究をひととおり概観したうえで、上記のような「転移の規定因」となるような実証研究を、皆さんで読んで行ければと思っております。愉しみにしております。
一人1つ英語文献を担当・要約して、発表することは、決して簡単なワークではありません。しかし、この分野も徐々に専門化(プロフェッショナル化)しています。実務担当者の方々がそのような一次情報にアクセスして、学べる環境が増えていくことを願っていますし、そのような場をつくっていきたいと考えています。
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追伸.
今日のような内容は、近刊「研修開発入門」(ダイヤモンド社:3月初旬発売)に執筆させて頂きました。どうぞおたのしみに!
投稿者 jun : 2014年1月31日 08:33
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