異なる年代、3つの研修の参与観察 : Folk TheoryとFormal Theoryが出会う場
先だっては、誠にハードファンな日でした。
それぞれ、異なる組織で、実施されている、異なる階層への「研修」を3つ参与観察させて頂く機会に恵まれました。まさに朝から晩まで、です。
仕事柄、研修や仕事の現場を参与観察・見学させていただく機会は、少なくないのですが、1日に3つ、異なる組織、異なる階層というのは、はじめてでした。機会を与えてくださった方々に心より感謝いたします。本当にありがとうございました。
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1つめの研修は、一般の社員に関する「おもてなしの顧客サービス」に関係する研修でした。この研修の詳細は、雑誌の連載記事にもなりますので、細かい説明は差し控えます。
が、この研修を見ていて、つくづく感じたことは、「おもてなしの身体作法」とは、実にディテールに、その秘密が隠されている、ということです。
まずは「相手を見ること」。
そして、身体に擦り込ませた「相手を迎え入れる身体技法」を、そのつどそのつど選択し、柔軟に、実践すること。
一見、非常に単純な動作の繰り返しのようにも見えるかもしれませんが、まことに、その実践は「創造的」に感じました。実際、研修中、講師の方は「おもてなしの所作」は、「パフォーマンスに似ている」、とおっしゃっていたことが、非常に印象的でした。
研修は、ロールプレイングなどをふんだんに取り入れた、実にインタラクティブなものでした。
ありがとうございました。
記事の詳細は、人事専門誌「人材教育」の僕の連載「学びは現場にあり」でご紹介させていただきます。今回も吉峰さん、井上さんとの珍道中でした。お疲れさまでした。
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2つめの研修は「管理職研修」に関するものでした。
異なる組織から集まってきた70名の管理職の方々が、時折、インタラクティブな意見交換をしつつ、学んでおられる様子が見て取れました。
研修のアーキテクチャーは「コンセプトの提示ー問いのなげかけーグループでの意見交換ーソリューションの紹介ーエピソードの提示」の順番で進んでいるように見受けられました。
最も印象的だったのは、年代が上になった、この研修では、講師の方々の語り方、用いられている語尾が、微妙に変化していることでした。
たとえば、何かを教えるときにでも、「〜を紹介させていただきます」「〜を確認させていただきます」という語尾が増えていっておりました。
おそらく管理職ということになると、それまでの持論や自分のノウハウができあがっており、研修中では、それらを「立てつつ」「受容しつつ」も、一方で「マネジメントの原理原則を提示すること」が求められます。
年代が上がった研修とは、このように「フォーク理論:Folk Theory:人々が個の体験によってつくりだした、その人なりの理論」と「フォーマルな理論:Formal Theory:一般化された概念」が出会い、時に衝突・葛藤を起こす場なのかもしれません。Folk TheoryのFormal Theoryのどちらがよいとか、悪いとか言えるものではありません。
そこで求められていることは、おそらく、フォーマル理論を、いわば「鏡」にして、Fork Theoryを「デザイニング(Designing)」ー常につくりつつ、状況に応じてかたちを変えていくことなのかな、と感じます。「Design」という風に、いったんつくっては終わるイメージではありません。むしろ、常に、それは場合によって変化することを求められる点において、「Designing」なのかもしれませんね。
(かつて、組織論者カールワイクは、静的な組織(Organization)という概念に胃をとらえ、それを進化形に-ingにとらえました。つまり、組織とは組織化(Organizing)であるということです。ちょっと、これにヒントを得てみました)
どちらが「〜を紹介します」といったような、しかし、はっきりとした物言いからは、その微妙なニュアンスを感じ取りました。お疲れさまでした。そしてありがとうございました。
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3つめの研修は、社長に対する研修でした。
30名の社長の方々が、自らの経営を振りかえりつつ、経営を学んでいました。
「社長が経営を学ぶ」というと、何だか変な気もしますけれども、たぶん、それは違うところもあるのでしょう。
つくづく思ったのは、社長は、困ったり、判断に迷っても、なかなか社内でなかなか相談できないだろうな、ということです。だって、すべての社員は、ステークホルダー(利害関係者)なのだから。ラッキーなことに、そういう人的リソースに恵まれたときはよいでしょうが、なかなかそうはいかないものです。
まして、社長は忙しい。この日のご参加頂いた社長の方々も、そのあとに会食などがセッティングされている方もいらっしゃるそうです。スキマの時間を使って、学ぶ必要があります。
こちらの研修も、相互にプレゼンテーションあり、コンサルティングありの誠にインタラクティブなものでした。異なる年齢の社長同士が、相互にプレゼンを聴き、コンサルしている様子が印象的でした。
年代が上の研修でありますので、ファシリテーションも微妙なさじ加減が求められます。「98点ほぼ正解ですが、他にありますでしょうか」といった語法からは、「相手をたてて、受容しつつも、他を探る」ニュアンスが見て取れました。
お世話になりました。そして、ありがとうございました。
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年代、組織の異なる3つの研修を見て、つくづく思ったことは、研修と一口でいいつつも、様々な手法や目的があるということです。
先だっても述べたことですが、それをひとつの統一したイメージ、コンセプトで語ることには無理があります。
次に、最後に参加者の方々がエンパワーされたな、と感じて帰ることのできる研修とは、Management & Learning(経営学習論)の観点から、きちんとした原理・原則に基づいていることが多い、ということです。それは「成果を出すために」、必然的にそうなっている、といえるでしょう。
そして人生は続く。
投稿者 jun : 2013年12月12日 06:30
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