少し気になる「前のめりなポジティブ系コミュニケーション」:いつでも、誰とも、明るく、楽しく、面白く!?

 ちょっと前のことになりますが、ある学生さんと、印象に残るやりとりをしました。
 あるところで、はじめて出会った学生さんで、その方と僕は、共通の関心事があったものですから、そのことで、ゆるゆると話し込んでいました。10分間くらい時間がたった後でしたでしょうか、ひとしきり話したあとで、何かのタイミングで話題がずれて(たぶん将来かなんかの話題)、学生さんが、口にしたひと言が、とても印象的だったのです。

Aさん「わたしは、コミュニケーション、苦手ですから」
ぼく「えっ?」
Aさん「コミュニケーション能力、ない方ですから」
ぼく「そう?・・・2秒絶句・・・でも、あなたとぼく、今まで、ふつうに話してたじゃない」

 その学生さんとは、そこで話は終わりになったのですが、このやりとりが、それからの、僕は、気になって仕方がなくなってしまいました(細かくてすみません・・・でも、研究者というのは、こういうひと言がすごく気になって、いろいろ妄想してしまうものなのです・・・僕だけかもしれませんが)。

 僕が気になる「問い」とは、こういうことです。

 人が、第三者を「コミュニケーションができる」と判定しうるのは、どういうシーン(光景)が生じたときなのか?

 あるいは

 人が、第三者を「コミュニケーション能力がある」と判定しうるのは、どういうシーン(光景)を見たときなのか?

 ということです。

 先ほどの学生さんは、「ふつーに僕と、10分以上、ゆるゆると話していた」のにもかかわらず、自らを「コミュニケーションが苦手だ」「コミュニケーション能力がない」と意味づけていらっしゃいました。僕は、全くそんなことはないと思っていますが、この「ズレ」が興味深いな、と思ったのです。「ふつーにお話しができるにもかかわらず」、なぜ、「コミュニケーション能力がない」なのか。

 それからしばらく、これらの「へんちくりんな問い」を、仕事柄出会う、社会人(ビジネスパーソン)の方々にぶつけてみることにしました。

 人が、第三者を「コミュニケーションができる」と判定しうるのは、どういうシーンが生じたときなのか?

 人が、第三者を「コミュニケーション能力がある」と判定しうるのは、どういうシーンを見たときなのか?

 すると、興味深いですね。
 人が、第三者を「コミュニケーション能力が高い」と判定しうるのは、下記のようなシーンを見たときのようです。言葉をかえると、こういう人を、人は「コミュニケーションができる」と判定している。

「面白い話で、人を笑わせているシーン」
「知らない人であっても、近づいていって、やりとりできるシーン」
「明るく楽しい雰囲気を、いつも、かもしだしているシーン」

 いろいろな意見がありますが、だいたい、こんなイメージでしょうか。サンプルがそれほど多いわけではないので、一般性云々は、問題にしないでください。そんなに真面目な話じゃありません。単なるブログの記事(与太話)です。

 でも、なるほどな、と思いました。
 こうした光景が「コミュニケーション能力が高い」と判定しうるリソースならば、先ほどの学生さんと僕のやりとりで生じた「ズレ」は理解できます。もちろん、こうしたイメージが、いいとか、悪いとか、言っているわけではありません。ま、明るく、楽しいにこしたことはないわけですので、特に、それに関して言うことはありません。

 でも、僕に、すこしだけ「違和感」があるのだとしたら、これらのイメージの、どえらい「前のめりっぷり」「どポジティブぶり」です(笑)。
「いつでも、誰とも、明るく、楽しく、面白く」といったような「前のめりっぷり」「どポジティブぶり」は先ほど述べましたように、全く悪いことではないですが、それだけが「コミュニケーション」として語られたり、それだけが大事だよ、と語られると、「ほんの少しだけ、僕は、息苦しいな」と感じました。

 むしろ、上記のような「前のめりっぷり」「どポジティブぶり」もいいのですが、「人の話に耳を傾けられる」「相手が話しやすいようにうなづく」というような「パッシブさ」「ナチュラルさ」も、大切なことなのにな、と思うのです。
 言葉をかえるのなら「はじめて出会った人々が、ふつうに、ゆるゆると話すことができていた」のにもかかわらず、「コミュニケーション能力が低い」と意味づけざるを得ないのなら、この概念は、いったい何を指し示しているのか、僕には、わからなくなりました。

 ちなみに、先ほどの「前のめりなイメージ」をもってして、人が「コミュニケーション能力」を判定しうるのなら、僕自身は、「コミュニケーション能力はない」と判定されちゃうね、本気で思いました(笑)。僕は、「いつでも、誰とも、明るく、楽しく、面白く」はあきらかに無理。

 僕のお近くにいる方はご存じでしょうが、僕は、どちらかというと「人見知り」をしますし、特に女性とは目をあわせるのは苦手ですし(先日も、自意識過剰と怒られました。恥ずかしいのです)、ひそかに「根暗」です(笑)。おまけに、いつもはブツブツと小声。うちのカミサンの僕の最初のイメージは、「何言っているかわからない人」です。

 嗚呼。
 ひそかに、根暗で、すみません。
 そして人生は続く。